永眠
鎌を手に持ってサンは医師たちが慌ただしく治療をしている集中治療室の中へと入っていった。
部屋の片隅でその時を待つ。
何分ほど経っただろうか、無機質な音が聞こえなくなった、先程まで波を描いていた心電図の線は今は直線を描いている。
メルはたった今息を引き取ったのだ。
覚悟はしていても悲しい、少しのあいだだけどたくさん話して、一緒に笑いあった。
悲しくないはずないだろう、泣いたって仕方ないだろう。
嗚咽をあげることもなくサンは静かに涙をごぼした。
だけど、悲しみに浸っている余裕はない。死んだ人間の魂は一時間以内に狩らなければ成仏はできないのだ。
そう、狩らなければメルは成仏できない、転生もできないのだ。
鎌の柄が手汗で滑る、きつく握りなおす。
覚悟を決めたサンは鎌を振り上げる。
「さようなら、メル」
そう言ってサンは鎌をメルの体に振りおろした。
魂は体から離れて天へと昇っていく、途中で天界人が迎えに来るだろう。
抜け殻となってしまったメルの体を悲しみに暮れる両親が抱きしめる、涙をこぼしながら、名前を叫ぶように呼びながら。
サンは鎌を仕舞って病院から出ていった。
冥界に着くとハンナが迎えてくれた。
「サン!お帰り!」
「ただいま……」
「魂無事に狩れたんでしょ?」
「うん……」
「どうしたの、何かあったの?」
「魂を狩ったのが、子供だったんだ」
その言葉を聞いた瞬間ハンナの笑顔が消えた。ハンナもエドやサンやほかの死神の様に子供相手の仕事は嫌だと昔言っていた。
「その子といろいろ関わったりしていたことを思い出したり、死んだ時のその子の両親の様子を思い出すと何だか、死神でいるのが辛くなって……」
「うん、分かるよ、その気持ち」
ハンナは真剣な表情になって言った。
「でも、あたし達の仕事は必ず誰かがやらなきゃいけない仕事なんだ」
百人中百人がこの仕事を嫌な仕事というだろう、それでも誰かがやらないと成仏できないし、転生のサイクルにも入れない。
きっと、嫌な仕事でも悪い仕事ではないと思う。
だって、人を殺しているのではないのだから。
「そうだな……頑張るよ」
そう言うとハンナはにっこり微笑んだ。
きっとサンは長い長い人生の中でメルのことを一生忘れないだろう。
一日一日を精一杯生きて死んでいった一人の少女は今もサンの心の中で生きている。
ある日下界に下りたサンは仕事に向かっていた。
最近は魂を狩るのにも抵抗がなくなってきた、だって魂を狩って成仏させてあげないとその人は転生することが永遠に出来ずに一生さ迷うことになってしまう。
過去に成仏させてあげることの出来なかった魂に罪悪感を抱えながらその日も仕事に向かっていた。
サンの歩く向こう側から子供の声が聞こえる、少女の声だ。親子連れのようで仲良く手を繋いで歩いていた。
その様子を見てメルはもう転生できたのだろうか、出来ているのなら今度こそ幸せになって欲しいなと思う。
「ママー、早く早く!」
「はいはい、ちょっと待ってね」
元気よくこちらに向かって歩いてくる少女、その顔を見た時サンの目は大きく見開かれた。
メルにそっくりだったのだ。
もしかしたらメルの生まれ変わりかもしれない少女は笑顔で母親とサンの横を通り過ぎて行った。
当たり前だが親子にはサンが見えない。
「幸せにな……」
微笑ましい親子の後ろ姿をしばらく見続けた後、サンは再び歩き始めた。
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