9 かわいい服を買おう
私達はそれからまた電車に乗り、結構大きな駅で降りた。
ユウくんは私の手を引いて、駅デパートの中に並ぶ洋服のお店をのぞいてく。
「いつまでも僕の服じゃあね。まなみちゃんに似合うかわいい服を買おう」
「え? だ、ダメだよ。もったいない。いいよ。この服で・・」
私の言葉を遮って、いいからいいからと彼は笑ってグイグイお店の中に入って行く。
「遠慮はなし。この店うちの近くにもあるんだ。すごく安いとこだから。
ほら、Tシャツ 五百八十円だって」
そう言われても、遠慮せずにはいられない。だって私は一文無しなのに。
私はいい、いい、と繰り返して首を横にふった。
「ふうん。じゃあ僕が勝手に選んじゃおうかな。
あ、このひらひらのレースの服は?」
「そ、そんな高いの、だ、だめ! それも」
「えー? かわいいよ。似合いそう。これは?」
そう言って何着も目の前に差し出される。右も左も女の子のかわいい服ばかりだ。
服を選ぶなんて何年振りだろう。
私は何年も前から背があまり伸びていないので、ずっと小学生のころ買ってもらった服を着ていた。
小さくなってもそれを知られないように袖を引っ張って伸ばして、無理やり着ていた。お母さんには服を買って、なんて怖くてとても言えなかったから。
中学校に行く時には制服があったし。
それが今、どれを選んでもいいよなんて言ってもらって、嬉しいけど困ってしまう。
どうしよう。どれにしたらいいんだろう。
服に触ったら店員さんに怒られるような気がして、 余計に迷ってしまう。
「まなみちゃん、これはどう?」
「わ」
かわいい。すごくかわいい服だ。薄手のベージュのパーカーに、中はピンクのTシャツ。
Tシャツの胸のところにはちょっと大きなサクランボの絵が描かれていて、パーカーの左胸にも小さなサクランボがアップリケされている。
「この服マネキンが着てるんだ。服選びに迷ったらマネキンのマネをしたらって店員さんが言ってたよ。スカート、大丈夫?」
彼の後ろに立っているマネキンは、色違いのピンクのパーカーを着ている。
スカートは濃い茶色。裾に黒の小さなレースが付いている。
大丈夫?って聞くのは怪我をしていないかということを気遣ってくれているのかな。
上の服もほとんど夏の半袖が並ぶ中、長袖を探してくれた。
「すごく、かわいい服。でも、私に、似合うかな・・」
「似合うと思うな。とにかく試着してみよっか」
クルリと回転させられて、はいこっちこっち、と試着室に追いやられる。
はいどうぞ、と服を渡されて、カーテンがしゃっと閉まる。
ユウくん、店員さんみたい。
大きな鏡に映る私は、赤い顔をしていた。
男の人と買い物なんて初めてだから緊張してるんだ。
ユウくんのぶかぶかなTシャツを脱いで、血が付いていないか確認する。
よかった大丈夫だ。
背中に張り付いているタオルも次にお風呂に入る時にはどうにかしなくちゃいけない。相変わらずズキズキと痛みはあるけど、だいぶ慣れてきた。
このまま治らないかな・・。
Tシャツを着るだけですごくドキドキした。
ピンクのこんなかわいい服を着るのは久しぶりだ。
小学校の低学年のころは、月末の給料日になるとお母さんがかわいい服を買って来てくれた。
・・その時、お母さんはどんな顔をしていたっけ?
笑っている顔を思い出そうとしても、浮かぶのは眉の吊り上がった怖い顔ばかりだ。
「まなみちゃん、どう?」
「あ、ご、ごめんなさい。まだスカートが履けてないですっ」
ハッと我に返って、慌ててズボンを脱いでスカートをはいた。
お母さんは背中やお腹、腕はよくぶったけど、腰から下はあまり殴らなかった。
中学校の制服がスカートだったからだろうか。
あんなに殴っていても他人にバレないように気を遣っていたなんて、今思うとおかしなものだ。
サイズはぴったり。でも、こんなかわいいスカートは履いたことないし、なんとも恥ずかしい。
パーカーも着てみるけど、鏡の自分を直視できない。
カーテンに手を掛けて、でも開けるのに戸惑ってしまう。
待っててくれてるんだから急がないといけないのに。
カーテンを少し開けると、ユウくんがすぐに気付いて掛けよって来た。
「ごめんね、せかせちゃった?」
ユウくんがおいでおいでと手招きする。
カーテンを開ける、けど、恥ずかしくて顔を上げられない。
「うん。かわいい。とってもいいと思うよ。それで決まり。
ほらほら、顔を上げて。鏡の自分、ちゃんと 見た?」
ユウくんは私の肩を持ってくるっと回す。
鏡に映る、真っ赤な顔をした私と、にこにこ顔のユウくん。
恥ずかしくてうまく自分が見れない。
その後もユウくんに引っ張られてテキパキと買い物が続けられた。