8 漫画喫茶で眠る夜
その夜は、駅の近くにある二十四時間営業の漫画喫茶というお店の個室で寝ることになった。
漫画喫茶なんて初めてで、きょろきょろしていたら、小野木さんが笑った。
「まなみちゃん、おもしろそうな漫画あったら読んでいいんだよ。そういうお店なんだから」
「はい、あの、小野木さん・・」
「ユウ」
「あ・・・、ユウ、くんは何か読むの?」
私が小野木さんって言う度に、ユウくんに訂正される。
今までそんな親しい人もいなかったから、名前で呼ぶのも緊張してしまう。
「僕は今はとにかく眠いかな。あ、ソファー二つあるね」
個室は狭いけどきれいで、ふかっとした大きな肘掛け付きのソファーが置かれていた。
「一晩寝るにはちょっと窮屈だけど、我慢してね。
さすがにホテルに泊まる予算はないからさ」
「とんでもないです。あ。ここで十分すぎるくらい、だよ。
あの、お金、いっぱい遣わせ てしまって・・・ごめんなさい。
あ、ごめん、ね?」
私は財布も持っていないから、電車代もごはんもここの代金も全部出してもらってて、申し訳ない。
公園のベンチで寝たこともあるから、それに比べたら素晴らしい環境だ。
「ああ、お金に関しては本当に気にしなでいいよ。
僕が稼いだわけじゃないから偉そうなこと言えないけど、父が小遣いにくれてたのを、家を出る日のために貯めてたお金なんだ」
ユウくんは笑って言うけど、お父さんのことを口にする時は少し悲しそうな顔をするように思える。
だからと言って、それ以上掘り下げて聞くことなんてできないのだけれど。
「さあ、それじゃ、おやすみ。明日も電車に乗るから、よく休んでおかなきゃね」
「うん、おやすみなさい」
部屋の照明も落として、すぐにユウくんは眠る姿勢に入った。
わたしも、横向きに体をソファーに埋めると、自然とまぶたが重たくなってきた。
・・・今までは、夜中に叩き起こされる恐怖に脅えながら眠っていた。
眠ろうと思っても寝付けずに、ただ布団に入って震えて夜中を過ごすことも多かった。
こんなに穏やかに眠りにつくのは本当に久しぶりだと思った。
疲れもあって、すぐに意識が微睡んだ。
どのくらい経ってからだろうか、コトンと物音がしたような気がして目を開ける。
「っ!」
目の前にはお母さんの姿。
にっこり笑ったかと思うと目をカッと見開いて、恐ろしい顔つきになった。
がばっと起き上がると、背中の痛みで顔が歪む。
もちろん目の前には誰もいない。
夢だ。
時計は二時半。
いつもお母さんに起こされる時間。
こんな遠い場所にいても起こされてしまうなんて、体に染み付いてしまっているのだろう。
額が冷や汗でびっしょりだ。
喉もカラカラなので、テーブルの上に置いてあったドリンクのグラスのわずかな水を飲む。
残っていた氷が解けた水だろう。冷凍庫のカルキ臭い匂いがした。
テーブルを挟んだもう一つのソファーではユウくんが寝ている。
ソファーにすっぽり収まってしまう私と比べて、いかにも窮屈そうだ。
くーくーと規則正しい寝息が聞こえる。
それだけでさっきまで感じていた恐怖がすうっと小さくなっていくような気がした。
この人のそばにいれば 大丈夫だって、そう思える。
もう眠れないかなと思ったけど、目を閉じたらいつの間にか眠りについていた。




