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7 まだ、笑えたんだ

「痛かった、だろうね。今、痛みは?」

「あ、大丈夫です」

本当はまだ痛い。でも、反射でそう答えていた。


「すごく、・・・辛かったね」

静かに、彼の声が響いて来る。


「もう、だいじょうぶ。まだ死んでない。ちゃんと生きてるでしょ。

・・ほら、見てごらん。きれいな景色だよ。 まなみちゃん」


顔を上げればすぐそこに広がる空と海の青。


「行きたいところに、どこにだって行けるよ。もう自由なんだから。

だいじょうぶ。絶対にもう前のような目には遭わせない。

僕が守るよ。まなみちゃんのこと」


そんな風に誰かに言われたことなんかもちろんなくて、

信じられないという戸惑いの方が強かった。


「ど、どうして? わ、私なんか、そんな・・・」

価値もないのにと言おうとした言葉を、ぽんと頭を撫でて遮られる。


「どうして、見ず知らずの僕がそんな風に言うのか、変に思ってるかな」

小野木さんはそう言って少し困ったように笑う。


「自分でもどうしてか分からないけど、

・・・ほっとけないんだ。まなみちゃんのこと。

僕もあの頃、誰にも言えなくて、一人で追い詰められて飛び降りたけど、死を選択する前に、どうして逃げなかったのか、誰かに助けを求めなかったのか、って今更思う。

結果はラッキーで死なずに済んだけど、勿論死んでもおかしくなかった。

でももし、あの時死んでたら、こんなきれいな景色も見れていない」


彼は身を離して、私の顔を真っすぐに見る。


「死ぬ勇気があるなら、思い切って逃げ出した方が、ずっといいんじゃないかって

思ったんだ。

ね。今からどこにだって行けるよ、まなみちゃん。

遊園地にも水族館にも遊びに行けるし、海でも山でも川でも、行きたいところに行ける。

きれいなものを見て美味しい物を食べて、おもしろいことして。

どうせ死ぬならそれからの方がいい。ね、そう思わない?」


にやっと悪戯っぽく笑う小野木さんにつられて、

私もこくこくと首を縦に振っていた。


「決まり。さっそく、次はどこに行こうか。あ、お腹すいてるでしょ? 

食べよう食べよう」


小野木さんはそう言うと、カバンからアンパンとクリームパン、メロンパン、

おにぎりにサンドイッチ、と次々に取り出した。


「すごい。いっぱい・・・」

「昼前、コンビニに行ってたからね。どれが好き?」


楽しそうに笑って両手に全部乗せて差し出される。私はアンパンをもらった。

そういえば、昨日の夕方以来、何も食べてない。ゆっくりとよく噛んで食べた。

あんこが甘くて、すごく美味しい。

私が一つ食べ終わる前に彼はおにぎりとサンドイッチをペロリと完食した。


「ごちそうさまです」

「うん、ごちそうさま」


彼は立ち上がると、手摺りにもたれてタワーを見上げる。


「すごい、高いなあ。この上からの眺めはさぞかし最高だろうね」

「はい。でも、ここからでも十分絶景、です」

「そうだね。下なんか怖くて見れないくらいだし」


そっと崖の下を見る。

遠くでは穏やかそうに見える波も、下では崖の岩々に当たって激しく水しぶきをあげている。大きな岩がゴツゴツと連なっている。この高さから落ちたら一たまりもないだろう。



「・・・小野木さんが言ってた楽に死ねるところって、ここのことなんですか?」

「へ?」

何故か彼は目をぱちくりさせて、私の横に来てひょいと顔を出して下を覗いた。


「うっわ。こわー。違う違う。ここに来たのは初めてだし、偶然だしね。

僕が言ったあれ は、ほら、言葉のあやだよ」

「え?」


あはは、と笑う彼に、今度は私が目を丸くさせた。


「だって、そうでも言わないと一緒に来ようとしなかったでしょ?」


・・小野木さんって、すごい人、だ。

私、今朝家を出る時は、死にたい死にたいって死ぬことしか考えてなかったのに。

この人に会って、ここに連れて来てもらって。

私の人生、なにもかもが変わったみたいに思える。

今、この場所にいても死にたいなんてこれっぽっちも思わない。

下を見れば怖くて自然に足がすくむ。死ぬのは嫌だって、普通に思える。



「・・・私、まだ、生きていてもいいんでしょうか?」

「もちろんだよ」

彼は笑顔で即答した。

うれしくて、胸がいっぱいになる。


「あ、ありがとうございます。小野木さん。本当に・・」


この人は私の人生を救ってくれた命の恩人だ。

ありがとう、なんて短い言葉では、この感謝の思いはとても言い表せないけど、それ以外に感謝の言葉なんて知らない。

頭を下げると、彼はストップ、と私の前に手を突き出してた。


「ユウでいいよ。敬語もいらない。先生と生徒じゃないんだからね」

「あ、はい・・あ、うん。わかりまし・・・あ、す、すみません。

あ、ご、ごめんなさい? うんと、ごめんね」


あわあわと動揺して言葉を選ぶ私に、彼はまた楽しそうに笑った。

その笑顔につられて私も口元が緩む。


「あ、まなみちゃん、笑った」

「え?」

「初めて見た。笑った顔」

そう言って小野木さんはまたにっこり笑った。


口元に手をやる。私、今、笑ってた?

・・・まだ、笑えたんだ。私。



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