番外編 (ユウ) 君の隣にいるために 2
村での暮らしは穏やかで、村の皆は驚くほど親切によそ者の僕達を受け入れてくれた。
それでも、便利な街とは違って田舎は何もかも自分達でやらなくてはいけない。
それは大変な作業で、マナはちょいちょい傷を増やした。
慣れない畑仕事に豆を潰したり、大きな出刃包丁で手を切ったり。
森でころんだ擦り傷なんかはしょっちゅうだった。
それでも、彼女は決して自分から傷を見せようとしない。
それどころか最初の頃は僕に見つからないように必死で隠していた。すぐに気づいて手当をするんだけど、始終、彼女は申し訳なさそうに俯いていた。
何が彼女をそうさせるんだろう。
きっと母親は、不条理に彼女を罵り、責めていたに違いない。
痛くても泣かない、感情を見せない、我慢する。
それは彼女が虐待され続けていた日々で身に付けた処世術だったんだろう。
そうしないとますます殴られたんだろうと想像がつく。
僕はマナに言った。
怪我をするのは悪いことでもなんでもないから隠さなくていいと。
ただ、心配なだけ。マナが大事だから、と。
呪文のように毎日毎日、繰り返して言い聞かせた。彼女がそれを理解するまで。
僕はマナと話す時はなるべくゆっくりしゃべって、口調も柔らかくした。
とにかく怖がらせないように。
こわくないよーこわくないよーと念じながら、基本的にいつでもにっこり笑っているようにした。
そんな僕の態度を、銀太にはすぐに突っ込まれた。
「ユウ兄、笑顔が眩し過ぎて怖いんじゃが、なんの真似じゃ?」って。失礼な奴だ。
銀太との付き合いは長い。
小学校に上がる前から毎年何度か来ているし、小学生の高学年になると夏休みや連休なんかは一人でここに来ておばあちゃんの家に転がり込んでた。
僕がこの村に来る時はストレスが超溜まってる時ばかりだったから、ムッとしてたりイライラしてたり、そんな顔を見せてることの方が多かったかもしれない。
銀太達とバカやって騒いでいるうちに笑えるようになって、すっかり機嫌が良くなった頃にはまた街に戻って行く、みたいな。毎回そんな感じだった。
マナと一緒にいる仏のような微笑みの僕を見て、気持ち悪さを感じたんだろう。ほっとけっての。
だから掻い摘んでマナのことを説明した。
ついでに、皆にも怒鳴ったり殴り合うような喧嘩を見せないように気をつけて欲しいと頼んだ。
銀太は親からの虐待、というこの村では聞き慣れない言葉に衝撃を受けていたようだったけど、すぐに協力すると言ってくれた。
といっても、しばらくは銀太にはマナに近づかないようにするのが一番かなと言ったら少し落ち込んだようだった。
悪いね。銀太は身体がでかいから、威圧感がね、ちょっとね。
銀太は正真正銘イイ奴だ。僕と違って裏表が無く、真っ直ぐで一生懸命。
昔から、この村に来て、銀太達と遊ぶのが僕の楽しみだった。
こいつらといると、人を疑ったり羨んだり妬んだり、そういうのが馬鹿らしくなってくる。
本当に、スッパーンと竹を割ったみたいな性格なんだ。
たまに羨ましくなる。
僕の性格は捻じ曲がっているから。
そんな僕も、マナといるとすごく優しい気分になれた。笑顔でいるようにしていたから、よけいにそうなのかもしれない。
最初は意図してやっていたけど、いつのまにかマナといると自然と笑うようになってた。
一生懸命な、健気な、カワイイ動きをするマナを見ているとあったかい気持ちになるんだ。
マナは僕を、助けてくれた優しいひとと認識してくれてるみたいで、僕に対して警戒心がない。
確かに、安心させようといつも手を繋いでいたりしたけど。
そこまで、安心なヤツだって思われるのも、複雑なんだけど。
足の怪我を治療するよって言ったら、ズボンを脱いでパンツで目の前に来られた時には、本気でどうしようかと思った。
僕も男なんだからねって言っても、マナの顔にはハテナが浮かんでいて、どうやらあまり理解していない様子。
あの母親はマナに性的な嫌がらせはしなかったらしい。
男は連れ込んでいたようだけど、決して見るな聞くな近づくなと命じられていたと言う。
僕は何度か母に迫られた経験があるけど、あれは本当にキツイ。
母はもうおかしくなってて、僕のことを父と思って迫ってきていたみたいだけど。
あれのせいで僕は、クラスメイトの奴にエロ本で女の身体を見ただけで吐いてしまった。
そんな自分に落ち込んだ。男としてのプライドも何もかも奪われたような喪失感。
マナが性に対してトラウマを抱いていないのは本当に良かったと思う。
女の子なら俺なんかよりよっぽど傷ついてしまうだろうから。
結婚して子どもを産んでっていうごく普通の女の人の幸せを、マナはちゃんと掴めるってことだ。
じゃあ、僕は・・・?
男として欠陥品になってしまった僕は、このままマナのそばにいていいんだろうか、・・そう思った。