番外編 (ユウ) 君の隣にいるために 1
まなみとの出会いからをユウ視点で。
まなみにとって、「優しくて誰からも好かれるすごい人」であるユウも、実はあれこれ悩んでいたんですよ、というお話。
みんなは僕のこと、穏やかな性格だとか、優しくていい人だって言ってくれる。
けど、それは半分当たりで、半分は間違ってる。
僕が穏やかに見えるのは、いつも笑顔の仮面をつけているから。そうすれば他人と関わるのにやりやすい。
いい人だって言われるのも、大して自己主張することなく人に合わせてやってるから。
だって別に誰が何をしていようと僕には関係ない。たいして興味もないし。
だから、適当に笑って「うん、それでいいよ」って言って過ごしてきた。
僕の心は、あの女に壊されて以来、もう何も感じなくなってしまった。
だからこのまま一生、なんとなーく、適当に、大勢の人に埋もれて生きて行くんだろうなんて。
そう思ってた。
あの日、君に会うまでは。
何年も経った今でも、初めて会った日のことはよく覚えている。
声を掛けただけでびくりと肩を振るわせ、おびえた表情を見せた小さな女の子。
すぐに分かった。誰かに傷付けられてるって。
話もできずに逃げられてしまったから、その夜は彼女のことが気になって気になって、翌日また会えた時にはほっとした。
よかった、ちゃんとまだ生きてた。冗談じゃなくそう思った。
彼女が死ぬ場所を探してここに来ていたのはわかってたから。
手を握って自分の部屋へと連れ込んだのは、びしょ濡れだったからというのが口実。本音は、前日のようにするりと逃げ出してしまいそうな彼女を自分の懐に入れてしまいと思った。小動物みたいに震えてるカワイソウな子を守ってやらないとっていう庇護欲、かな。
半袖の腕にいくつもの惨い痣があって、無性に腹が立った。
絶対に彼女を家には帰さない。
家に帰してしまえば、彼女はさらに酷い目に遭わされるに違いない。
家に帰してから児童相談所に通報したって意味がない。
無力な子どもに暴力を振るうような大人は、自分の罪を明るみに曝されれば、自分を守るために必死で嘘をつく。隠されてしまう。
彼女の親もきっとそういう種類の人間だろう。まずは彼女を安全な場所に避難させなくては。
絶対に僕の時のようなヘマはしない。今度はちゃんと大人を味方につけよう。
財布に、以前世話になった児童相談所の名刺があることを確認して荷造りをした。
もともと、この家には何の未練もない。家を出ることに迷いはなかった。
虐待されてる子どもは『親から逃げられない』という固定観念にしばられている場合がほとんどだ。
とにかくこの町を出ようと、戸惑う彼女の腕を引いた。
多少強引だったけど、あの時、彼女を連れ出せて本当によかった。
マナの背中の傷を見た時。あの時のことを思い出すと、今でも、手のひらが真っ赤になるくらい握りしめている自分がいる。
マナは傷つけられることに慣れすぎてしまって、痛みもなにもかも麻痺していたんだろう。移動中も、ずっと、大丈夫だからと繰り返していた。
おばあちゃんの待つこの家に やっとたどり着いて、山じいがマナの背中の傷を露わにした時の、あの衝撃と言ったら、自分が切りつけられたときより酷かった。
よくもこんな目にあわせたな!
マナの母親を殴ってやりたくなった。
ここに来るまでに自分はずっと一緒にいたのに、傷の深さに気づけなかったことも悔やまれた。
もし、もし、初めて会ったあの日にマナを連れ出していたなら、こんな傷を負うこともなかったのに、と思うと本当に悔しかった。
もう決してあの街には帰さない、とより強く思った。
マナのこと、守りたいって。絶対に守ってやるって。
会って間もないうちから、マナは僕にとってそういう存在になったんだ。
続きます。五話完結の予定です。




