63 花嫁姿
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年末は役場の仕事も忙しく、家では大掃除で、私もユウもバタバタとした日々が続いた。
三十一日の大晦日はおばあちゃんと朝からおせち作り。
しめ縄や鏡餅などのお正月の飾り付けもされて、いよいよお正月を迎える準備も万全だ。
大晦日の夜はゆきちゃんの家で村中の人が集まって大宴会をする。
今年は特に盛大だって、ゆきちゃんが張り切ってた。
・・・今年は私達も色々なことがあった。
春に東京へ行って、お互い親に会って、それぞれ過去と訣別することができた。
お母さんは傷害で逮捕されてしまったけど、何度も何度も謝ってくれた。
あれから、手紙でやり取りしている。
今まで向き合えなかった分、これから少しでも近づけていけたらいいと思う。
夏のお祭りでは、ゆきちゃんが銀太くんの演奏で舞を舞った。
すごく綺麗だった。
そして十二月の初め、銀太くんは十八歳になり、予てからの宣言どおりゆきちゃんと結婚した。
村のしきたりに沿った伝統的な結婚式はそれはそれは見事だった。
ゆきちゃんと銀太くんは代々村に受け継がれているという真っ白な着物姿。
結い上げられた髪には銀色の大きな簪が飾られて、本当に本当に綺麗な花嫁姿だった。
村長の娘と村一番の果樹園の一人息子との結婚だけあって、
式もそうだけど披露宴も盛大で、村中をあげて祝福した。
ゆきちゃんと銀太くんの幸せそうな笑顔が忘れられない。
次はまなみの番だよってゆきちゃんに銀の折り鶴を渡された。
この折り鶴は次に結婚の予定がある女性に渡されるものらしい。
私とユウは夏に東京から帰って来てすぐみんなの前で婚約宣言をした。
とは言え、私は村の外から来た人間だし、ゆきちゃんたちみたいな盛大な結婚式とかはせずに、籍を入れるだけで十分だとみんなに言ったのだ。
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年越し宴会のお手伝いをするため、夕方、早い時間にゆきちゃんの家に行った。
「まなみ、こっちこっち。ユウはあっちね。おかーさんが手伝ってくれるから」
「え? ゆきちゃん?」
家に行くなりゆきちゃんにぐいぐい引っ張られて、奥の部屋に押し込まれた。
目の前にあったものに、私の目は釘付けになる。
それは、ゆきちゃんが結婚式で着ていたあの着物。
「さあ、まなみ。これから大変身するわよー」
「え?え? ちょ、ゆ、ゆきちゃん?」
ゆきちゃんは掛けられていた着物をするりと手に取って、意味が分からず呆然としてる私に満面の笑みを向ける。
あっと言う間に服を脱がされ、いつの間にか来ていた松井さんのおばあちゃんとゆきちゃんの二人にかかってあれよあれよという間に着替えさせられた。
「さあ、できたわよ、花嫁さん」
「まあ、べっぴんさんじゃ。うちの村にはこんなべっぴんな嫁っこが二人もおって鼻が高いのう」
ガラガラと姿見の鏡が目の前に運ばれて、私が映る。
純白の花嫁の、着物姿の私が。
・・信じられない。
「言ったでしょ。次はまなみの番だって。
あんたはもうこの村の娘なんだから。村の嫁っこはこれを着る資格があるのよ。
さ。仕上げをしないとね」
ゆきちゃんはポーチからアイシャドウを指に取り、私のまぶたに触れる。
唇にも薄い赤の口紅を塗る。
「綺麗よ、まなみ。最高に綺麗。
きっとユウ、惚れ直すわ。あ、もうベタ惚れか。あはは」
ゆきちゃんは私の後ろに立ち、鏡越しに楽しそうに笑う。
「私ね、これを着てみんなに祝福されて本当に嬉しかったわ。
だからまなみにも絶対着せたかった。
あー、もう。今から泣いてどうするのよ。まなみったら」
「だって・・、ゆきちゃん、ありがとう」
嬉しくて溢れる涙を、慌ててゆきちゃんがティッシュでそっと拭ってくれる。
「まなみは泣き虫だからなあ。泣いてもいいようにマスカラもファンデーション
も無しだから。思いっきり泣いていいからね。
さーて、旦那様を呼んでくるから、お楽しみに」
松井さんのおばあちゃんとゆきちゃんが部屋を出て行って、しばらくして、コンコンとドアが叩かれる。
「マナ。入るよ」
その声にドキンと心臓が跳びはねる。
「は、はい」
返事をする声が震えた。
ドアが開いて、真っ白の袴姿のユウが現れた。
普段とは違う、凜とした姿は見とれてしまうほど格好いい。
ユウは私の目の前に来て、ふうっと軽く息をついた。
「驚いたな。すごい・・、なんて言っていいか・・」
私の手を取って照れ臭そうに笑う。
「すごく綺麗だよ。マナ。すごく、すごく綺麗だ」
「・・ありがとう、ユウ。ユウもすごく素敵。
私、こんなに、きれいな花嫁衣装を着せてもらえるなんて、夢みたい・・」
ぽろりと涙がこぼれると、ユウが指でそっと拭ってくすりと笑う。
「まだ泣くのは早いよ、マナ。あ、これを」
ユウは箱から銀の簪を取り出すと、前から横から角度を変えて悩みながら慎重に
私の髪に差した。
「これは旦那になる男がやるんだって。うん。ますます綺麗になった。
早くみんなに見せたいよ。おばあちゃん、喜ぶだろうね」
「・・うん」
「マナ、行こう」
ユウは私の手を取り、優しくほほ笑む。
「あ、でも、その前に」
襖を開ける前に、ユウは身を屈め、ちゅっと優しいキスを落とした。
「みんなに見せたいけど、綺麗だからもうちょっとだけ独り占めしたい」
「ユウ・・」
何度かキスをしてから部屋を出る。
廊下の先にはゆきちゃんが待ち構えていて、口紅を塗り直された。
まるで予測されていたみたいで、恥ずかしかった・・。