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62 僕らは二人じゃない

私達は、恋人という関係になってからも、大した変化もなく、とってもとっても穏やかな時間を過ごしてきた。

「あんた達って小中学生のカップルか、縁側でお茶を飲み交わす老夫婦みたいね」

ってゆきちゃんには笑われたけど。私は気にしてなかった。

いつも手を繋いでくれるし、ぎゅっと抱きしめたり、ちゅっとキスをしてくれたり、私にとっては、それだけで十分幸せだったから。


ユウは以前こんなことも言ってた。

お母さんに迫られたことがトラウマになってるって。

学校で女の人の裸の雑誌を見せられて吐いてしまった苦い思い出もあるらしい。

私に触れていることは平気だって、付け加えてくれてほっとした。

でも、そういうこともあるから、

私と、そう・・そういう関係になることは望まないのだろうと思っていた。





それが今、急にそんな展開になるなんて、どうしていいかわからない。

頭の中でゆきちゃんにアレコレ教えられたことがぐるぐる回る。

「まなみー、よく聞くのよー、愛し合う大人の男女はね、・・・・・・」

あ、あんなの私には無理、無理、無理!

恥ずかしいよー!


固まってしまった私にユウはまた、ちゅっとキスをしておでこをくっつけた。


「マナ。真っ赤だよ。可愛い反応しちゃって。

さてはゆっこに、大人の男女のアレコレとか性教育してもらった?」

「!」

ど、どうして...

「どうしてわかっちゃうのーって顔だね」

ユウは楽しそうにくすくす笑ってる。


「僕も二人に色々言われてるから。

銀太なんか自分の経験談をあーだこうだって喧しく語ってくるし、毎回相手するのが大変なんだよね。

ゆっこにも、いつまでおままごとみたいな恋愛してんだとか、早く腹をくくれとかって何度か説教くらってるよ」

「そ、そうなの?」

「僕らを見てるとじれったいんだって。・・まあ、それだけ応援してくれてるってことかな。ありがたく思わないとね」


ちゅっと唇に軽いキス、ほっぺにもちゅっちゅっと二回。

にこっと笑って、ユウは私の目を真っすぐに見つめて、ハッキリと言った。


「愛してるよ。マナ。結婚しよう。絶対幸せにする。

一緒に、あったかい家庭をつくろう」

「ゆ、ユウ・・」


こんな、こんな素敵な言葉を、自分に向けて言ってくれる人が現れるなんて、

三年前には思いもしなかっただろう。

こんな日が来るなんて、夢にも思わなかった。

嬉しい。

すごく、すごく嬉しい。


・・・だけど、だけど。

私はユウを幸せにできるだろうか。

結婚するってことは、いずれ子どもも産まれるってこと。

虐待されて育った私は、普通の母親になれるんだろうか。

信じられない気持ちと不安がむくむくと膨らんで、嬉しい気持ちを覆ってしまう。


「ほ、本当にわたし・・でいいの?

私、ちゃんとできるか自信ない。子育て、とかも・・」

お母さんも言ってた。子どもの愛し方なんて知らないって。それはどうやって知っていくものなの? 誰かが教えてくれるの? 私にもちゃんと愛せる?


驚いたように目を大きくしたユウは、くすくすと笑い出した。

「嬉しいな。もうそんな先のこと、心配してるの?」


俯いた私の顔にユウの両手が伸びる。

少し強引に顎が上げられて、キス。

いつもの、ちゅっと軽く触れるだけじゃなくて、熱いものが私の口の中に入って

きて、 深く、深く・・。食べられちゃうみたいな、大人のキス。

驚いたけど、全然イヤじゃない。だって、ユウの熱が直接伝わってくる。


何度も、何度も、ユウの唇が私を求めた。

どれくらいそうしていたのか、ようやく二人の唇が離れ、私は酸素を求めて大きく息を吸った。


「マナ。僕はマナがいいんだ」

「ユウ・・」

お風呂でのぼせた時みたいに頭がふわふわする。

ユウのことで頭の中が全部埋め尽くされたみたい。

他のことなんて何も考えられない。

そんな私の様子を見て満足そうに笑うユウ。

顔を寄せて、こつんとおでこを合わせる。



「・・正直、僕も不安はある。

自分の中にあの母親みたいな狂気が隠されているんじゃないかって。

虐待は繰り返すなんて聞くけど、絶対にあんな最低なことはしたくない」


ユウは強い口調で、自分の手を握りしめて言う。

私は震えるユウの拳を両手で包んだ。


「身体の傷は消えたかどうか見ればわかるけど、心の傷は目には見えないから。

傷つけられたことをなかったことにはできないし、きっと死ぬまで、忘れることなんてない。これからも・・・思い出して、苦しむ時だってあると思う」

「うん」

私の手をユウのもう一つの手が包む。


「結婚して夫婦になって、子どもができて・・、二人でも大変なことはいっぱいあるだろうね。

・・でも、だけど、僕達は二人きりじゃない。

村の皆がきっと助けてくれる。

あのおせっかいであったかい人達が、僕達の子どもをほっとくわけないよ。

きっと、いい子に育つ。育ってくれる。だからだいじょうぶだよ」

「うん、うん」



涙が溢れて、止まらなかった。

ユウも私と同じように不安を抱えてるんだ。

それでも、私達を助けてくれる村の皆の存在があるから、大丈夫だって思える。


「ありがとう、ユウ。ありがとう」



あの日、私に気づいてくれて、ありがとう。

・・生きる道を、示してくれてありがとう


ユウはにっこり笑ってポンポンと私の頭を撫でる。

「早く帰って、みんなに言いたいね」

「うん」



たくさんの幸せをくれる人。私もこの人を幸せにしたいと、

一緒に幸せを感じて生きたいと心からそう思う。

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