60 ユウがいてくれたから
「マナ、マナ」
ユウの声で目が覚める。
ああ今日も私の隣にはユウがいてくれるんだ。
そう思うだけで、とても幸せな気持ちになる。
「マナ、ごめん。守れなくて・・」
ごめんなんて。言わないで、ユウ。
ゆっくりまぶたを持ち上げると、ユウが目にいっぱい涙を浮かべてるのが見える。
私はユウの頬に手を伸ばした。
「ユウ、泣いてるの? ・・どうしたの? どこか、痛いの?」
ユウは私の手を取って、俯いて嗚咽を漏らした。
「痛いのはマナの方だよ・・」
ここは病院のベッドの上だった。
運ばれてから四時間ほど経っているらしい。
わき腹を切られたところを縫う簡単な手術を受けたそうだ。出血は多かったけど、カッターの刃は小さく傷は浅いので、数日で退院できると先生から話を聞いた。
その後、警察の人と田島さんからもいくつか質問を受け、何があったのか話した。
お母さんは警察に逮捕され、今まで否認してきた虐待のすべてを事実だと認めたそうだ。
田島さんが、こうなったのは自分の責任だと泣いて謝るので困ってしまった。
私はもちろん田島さんのせいだとは思っていない。
勝手な行動をしたのは私だし、田島さんは私のために色々してくれて本当に感謝している。
一通りの話が済んで、やっと病室にユウと二人だけになった。
ベッドのリクライニングを高めに起こしてもらっているので、寝たままより楽な態勢だ。
ユウは何も言わずに私の左手をぎゅっと握って俯いている。
「あ、あの。ごめんね、ユウ。また、ケガしちゃって」
「・・ホントだよ。せっかく前の傷が消えたのに」
俯いたままでユウは小さな声で答えてくれる。
「あの、本当にごめんね、ユウは忠告してくれてたのに、黙って一人で行って」
「・・戻ったら誰もいなくて、すごく焦った。田島さんに電話したら僕のところ
にいないのかって言うし。
すぐにわかった。
マナがお母さんのとこに行ったって。
アパートから戻る時、何を言ってもマナは上の空で、様子がおかしかったの気になってたのに、なんでちゃんと話を聞かなかったのか、すごい後悔した」
ポツリポツリと呟くユウの肩が震える。
「ドアを開けたら、マナが・・・。
血が、あんなに出て、マナが死んじゃうんじゃないかって、・・すごく怖かった」
「ユウ、ごめんね。いっぱい心配かけて」
ユウの目に浮かぶ涙を右手の指で拭うと、その手をそっと掴まれる。
両手を合わせてぎゅっとユウの両手に包まれた。
「・・よかった。本当に。こうして、マナのぬくもりを感じられて」
「うん」
私も、ユウの両手を自分の両手で包み、その温かさを改めて感じた。
ふと左手に目をやる。あるべき物がない。
「あ! わ、私、指輪を、確か手に持って・・」
「うん。握ってたよ」
ユウは自分のポケットから指輪を取り出して見せた。
「よかった」
ほっと胸をなでおろす。
無くしていなくて本当によかった。
でも、ユウはじっと手のひらの指輪を見つめているばかりで、私に差し出してくれない。
「ユウ?」
「・・僕が守るよ、なんて言っておいて、結局、僕は何もできなかったね」
悲しそうに呟く。
私はユウの手を指輪ごとぎゅっと握った。
「そんなことない。私、初めてお母さんに言ったの。やめてって。
ユウが嫌なことは嫌だって言わないとって、そう言ってたの思い出したから。
これがあったから、離れてたって私にはいつもユウがいてくれるってそう思えた。
だからっ・・!」
感情が高ぶって声が大きくなる。
伝えたかった。
ユウが何もできなかったなんて思ってるのは大きな間違いだから、絶対に、解って欲しかった。
「ユウがいてくれたから、言えたんだよ。
ちゃんと目を見て言ったから、お母さんにも届いたんだって思う」
「・・ありがとう、マナ」 顔を上げてユウはほほ笑む。
私の左手を取り、指輪をもう一度嵌めてくれた。
「ありがとう、ユウ」
自分の指に戻って来た指輪を見て嬉しく思う。もう絶対失くさないようにしよう。