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59 お母さんの過去

「なんで・・呼ぶのよ」

小さな掠れた声が、静かな部屋にぽつりとこぼれる。


「あんた・・今まで、あたしに殴られても、何も言わなかったじゃない。

なんで、やめてなんて、・・今更、なんでお母さんなんて、呼ぶのよっ!」


俯くお母さんの肩は震えている。


「・・どう、したの? おかあさ・・」

「呼ぶなって言ってるでしょお!」

急にくわっと目を見開いて、カッターを振りかざす。

銀色の刃がシュッと私の腕をかすめた。


「あたしはね、母親になんかなりたくなかったの!

母親になんかなっちゃいけなかったのよっ! 

子どもの愛し方なんて知らないっ!

なによ、どうせあんただって、あたしのこと、ホントは殺したいくらい憎いんでしょ! 大ッ嫌いでしょ! だから出て行ったんでしょ!

なのになんで戻って来るのよっ!」


怒鳴り散らすお母さんは、涙をこぼしていた。


どうして泣いてるの、お母さん。


初めて見たお母さんの涙に、私はひどく困惑した。


「・・あたしはね、、親から愛されずに育った。

オヤジにも母親からも殴られて、最悪だった。

家を出てからも、男とヤって金貰って生きてる、バカみたいな毎日。

・・・あんたを産んで、人生変えられると思った。

なのに、あいつ、さっさと死んじまってさあ! あいつだけがあたしの・・っ!

・・あたしは、・・・男と酒に溺れて。

あんたに・・自分が、親に受けたことと同じ、サイテーなことしてる。

ホント、バカよ。バカで最悪のバカ」


お母さんは吐き捨てるように語った。

私が知らない、事実。

・・お母さんも私と同じだったんだ。

私と同じ・・。


私は立ち上がり、お母さんの方に手を伸ばしていた。

お母さんが驚いたような顔で「なに・・泣いてんの」って震える声で言うから、私の頬を流れ落ちる熱いものは涙なんだってわかる。


「こ、来ないで、来ないでよっ」


「・・私は、知ってるよ。人の愛し方。・・教えてもらったから」

「う、うるさいっ!」

お母さんの腕がめちゃくちゃにブンブン振られる。

私はお母さんを両腕で包んだ。

その瞬間、腹部に激痛が走る。それでも、私は手を弛めなかった。


「抱きしめれば、いいの。・・それだけでいいんだよ、・・お母さん」

「な、何言ってんの? ば、バカじゃないの? あたしのことなんか、誰も、 誰も・・」


お母さんの声は震えてる。腕も体も。

抱き締めてわかった。お母さんはこんなに小さかったんだって。


「私は、お母さんのこと、・・好き、だよ。だって、私のお母さんはたったひとりなんだもん。きらいになんて、なれない」

「あ、ああ、まなみっ」


お母さんの目からぶわっと涙が溢れていた。カシャン、とカッターが落ちる音。

くらりと目眩がした。

お腹が燃えるように熱い。


「そんな、あ、・・あたし、あんたのこと刺し・・ど、どうしようっ」


私はそのまま倒れ込んだ。






「マナっ! マナ!」

ドンドンドン、ドンドンドンと激しくドアを叩く音と、ユウの叫び声。

足音が響いて、ぼんやりとした視界にユウが現れる。

ユウは私を抱き起こし、すぐさま携帯で救急車と警察に連絡を入れたようだ 。


「どうしてこんな、どうしてこんな酷いことができるんだ! こんな・・!

マナがいったいアンタに何をしたっていうんだよ!

マナはずっとアンタを信じてたのにっ! なんでまた傷つけるんだよっ!

許さない! 絶対に、許さないからなッ!」


聞いたことのないようなユウの怒鳴り声。

きっと私の姿を見て、我を忘れているんだ。私は痛みを堪えてユウを呼んだ。

「・・マナ! 大丈夫?」

私の呼びかけに気づいて、すぐに私の口元に耳を寄せてくれる。


「ユウ、お、かあさん、を・・責めないで」

体の力が抜けて行く。目をつむる前に、ユウに伝えないと。


「あのね、私は、ユウが・・いるから幸せになれたけど、・・お母さん、も、 いっぱい苦しくて、さみしかったの」


視線を横に移すと、呆然と膝をついているお母さんがいる。

私はお母さんの方に手を伸ばした。


「おかあさ・・」

「マナ、しゃべらない方が良い。もう救急車が来るから」

「いや。ユウ、おこらない、で・・」

「わかった。わかったから。マナ」

ユウがいつもの穏やかな口調になった。

ほっとしたら、意識がふわりと遠のく感覚に襲われた。


耳元で、お母さんの泣き叫ぶ声が聞こえる。

「愛美、ごめんね。愛美、ごめんね。死なないで。お願い、死なないで」

そう何度も何度も聞こえた。

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