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55 三年ぶりに帰る、アパート

その後、電車に乗って東京駅に着いた。

時間としては短かったのだろうけど、 ものすごく混んでいて、ぎゅうぎゅう人の

波に押された。ユウが盾になってくれたお陰でそんなに苦しくはなかったけど、

もう電車はこりごりだと思うほどだ。


「ゆっこ、おい、しっかりしろ」

銀太くんの慌てた声が人込みに混ざって聞こえる。

空いたスペースに移動すると、ゆきちゃんの顔色が悪い。


「うー・・きもちわるい」

「人込みに酔ったんだな。大丈夫? スポーツドリンクかなにか、そこの売店で

買ってくるよ」

ユウはすぐに走って行った。


「ゆきちゃん、大丈夫?」

「朝からはしゃぎ過ぎただけじゃ。昨日の夜もろくに寝とらんしのう」

銀太くんは軽々とゆきちゃんをおんぶした。


「もう東京やだあー。おうちにかえるぅ」

銀太くんの背中でゆきちゃんの弱々しい声がする。

ユウからペットボトルを受け取ると、銀太くんはゆきちゃんの荷物も腕に通した。


「わしらこのまま家に帰るわ。本人が帰る言うとる時に帰るんが一番じゃ。

また明日になって復活して帰らん言うたら大変じゃしの。

ほいじゃあ、ユウ兄、まなみ、ゆっくりしとくれや」

「ああ。乗り継ぎでわかんなくなったら駅員さんに聞けば教えてくれるよ。

気をつけて」

「だ、大丈夫なの? 一緒に行かなくて」


首を縦に力強く頷いて、背を向けた銀太くんはすたすたと別のホームの方に歩いて行った。


「ゆっこの扱いには銀太が一番慣れてるから、心配いらないよ。

ゆっこははしゃぎ過ぎるとダウンするんだ。昔、遠足の夜にも熱出してたし。

あー、去年の祭りの次の日も寝込んでたよね。銀太は慣れっこだよ。

あいつに任せとけば大丈夫」


そう聞いてほっとした。ユウが言うのだから大丈夫だろう。





駅の公衆電話から田島さんに連絡を取って、バスに乗る。

ユウは私の手をしっかりと握ったまま、ぼんやり外を眺めていた。


「・・小さいころは、大好きだったんだ。父さんのこと」


注意しないと聞き逃してしまいそうなくらいの小さな声で、ユウが呟く。


「土日は公園でサッカーやキャッチボールの相手をしてくれた。

テストで満点取るとぐりぐり撫でてくれて、水泳のテストでシールをもらえると

ラジコン買ってくれたりして。褒められたくて一生懸命練習したよ。

父さんは絶対間違ったことはしない、いつでも正しくて格好いいと思ってた」


ユウは私の方を向いて、両手を握った。


「マナ、僕らは子どもだったから視野が狭くて、自分の親が全てだって思ってた。

でも今、大人になって、もう親も間違いをするんだってわかったよね。

親は子どもを自分の支配下におきたいから、ああしろこうしろって命令するけど、

間違ったことには従っちゃ駄目なんだ。

もう、対等に話せるんだよ、僕たちは。

嫌なことは嫌だって目を見て言ってやらないと。

親の間違いを指摘してあげないといけないって思う」


ユウの言う通りだ。

私は、お母さんは絶対で、決して逆らってはいけないと教え込まれてきたけど、

それ自体がもう間違っていたのだ。




バスを降りて、大通りを真っすぐ。二つ信号を越えて左に曲がり、細い道を進む。

久しぶりのアパートへの道。

交差点のところに、田島さんがこっちに向かって大きく手を振っている。


「田島さん、わざわざありがとうございます」

「優君、大きくなったわね。

まあ、愛美ちゃん! 驚いたわ。綺麗になって。 見違えちゃうわね」


田島さんはうれしそうに私達二人を上から下までじっくり眺めた。


「お母さんには連絡を入れてあるわ。すごく驚いていたようだけど、 ぜひ会いたいと、会わせて欲しいと言っていたわ」


田島さんは私にほほ笑む。


「よく、会う決心をしたわね。すごいわ。

お母さんも反省しているようだし、 きちんと話ができるわ。大丈夫よ」

「はい」




再び、アパートに向かう。

どんどん、どんどん、近くなる。

いい思い出なんか 何もない、黒ずんだ灰色の、古いアパート。

角を曲がって建物が目の前に見え、 私は思わず足を止めた。


「大丈夫? マナ。少し深呼吸しようか」


呼吸が浅くなっていたみたいで、ユウに言われて大きく息を吸って、吐いた。

ユウの手をぎゅっと握る。大丈夫、大丈夫。

二人がついていてくれるんだ。怖いことは何もない。

「大丈夫。行こう」

足を動かす。階段を上がる。二階の奥、角の部屋。


「いい?」


田島さんにも尋ねられて、私はこくんと頷く。

心臓がドクドク波打っていた。


お母さんに会う。

三年ぶりに、お母さんに。


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