51 会いたい気持ち
お布団に入って、私は日記帳に挟んである田島さんからの手紙をユウに渡した。
いいの?と尋ねるユウに私は頷いた。
ユウはじっくりと読んで行く。
最後まで読むと、ふう、と小さくため息を漏らした。
私は深呼吸して、言おうと思っていたことを口にした。
「先週この手紙をもらって、わ、私、ずっと考えてたの。
私達、このままずっと・・・親に会わないままでいて、いいのかなって」
声が震える。
ユウはじっと私の次の言葉を待っている。
「さ、三年も経ったのに、未だにお母さんの夢を見る。
島田さんは、心の傷は消すことはできないから、どう向き合ってどう乗り越えて行くのかを考えないといけないって言ってる。だから・・」
「お母さんに会いに行きたいってこと?
でもこの手紙の内容は本当に、信じていいのかな?」
「え?」
ユウは落ち着いた声でそう言って、もう一度手紙を読み返している。
田島さんからの手紙には、お母さんについてこう書いてあった。
お母さんは、アルコール依存から立ち直るための専門的な病院に一年入っていた。
しっかり更生して今はアパートに戻っている。
母は田島さんと何度も面会しているらしい。
私に対する暴力は、大半が連れの男性によるものだが、自分も混乱状態にあった時には手を出してしまったかもしれない。反省しているし、謝りたい気持ちで
いっぱいだと話しているそうだ。
「お母さんお酒をやめたそうだし、もとの優しいお母さんに戻ったんじゃないかって思うの」
「待って、待って。マナの気持ちは分かるけど、気になるところがあるんだ。
お母さんは自分の虐待を認めていないよね。
あくまで連れの男性が主犯だと言ってる。自分はあまりやってないって。
でもそうじゃないでしょ。・・・嘘をついてる。
自分の罪を認めて謝りたい反省しているなら分かるけど、これはどう考えても自分にかかる懲罰を軽くしようとしてるよね。
そういう奴は信用できない。泣いて謝りながら、心の中で笑う人間だっている。
アルコール中毒患者は更生しても、また飲酒にハマってしまうケースがすごく多いって言うし」
ユウはきっと、正しいことを言ってる。
でも私はそんなことは聞きたくなかった。
ユウの腕をぐっと掴んで、視線を合わせる。
「そんな・・ことない!
だって実際に、私は殴られている時、目を閉じてることが多かったし、
本当に男の人だったかも知れない。
お母さんは男の人に無理やり飲まされてたのかもしれないし・・・」
「マナ・・」
ユウは驚いていた。
私も自分で自分に驚いている。
どうしてこんな必死になっているのか。
「あ・・、ごめんなさい」
「マナ。どうしてそんなに庇うの? あんな目に遭わされた奴なんだよ。
憎くないの? ごめんって謝って許される問題じゃないよ」
ユウが言うことは最もだ。何も返せない。
「・・・僕は正直、会わせたくない。
傷だらけでボロボロだったあの時の君を忘れることができないんだ。
あんな酷いことをする人間が、そんな簡単に心を入れ替えれるとは思えない。
もう少し。もう少しの間様子をみた方がいいと、思う」
私はこくんと頷いた。うん、と声にすることはできなかったけど。
ユウは私をぎゅっと抱き締めた。
「分かって欲しい、マナ。
もう絶対に、君が傷つくのは見たくないんだ」
「・・・でも・・」
わかってる。
わかってるよ、ユウ。
あなたがどれだけ私を大事にしてくれているか。
こんなに愛されてすごく幸せだと思ってるし、感謝してる。
なのに私は、お母さんのことを思い出してしまう。
夢に出てくるお母さんは鬼のように怖いけど、
目を閉じて思い浮かべるお母さんは穏やかな顔で笑ってる。
これは本当に記憶の中のお母さんなのか、それともただの私の願望なのか、わからなくなる。
どうして会いたいと思ってしまうんだろう。
こんなにもいい人たちの中で幸せに暮らしているのに。
私のことを心から心配してくれてるユウの気持ちを考えると、そんな気持ちを
抱えることは自分がすごく悪いことをしてるようで申し訳なく思う。




