49そして、三年後の私達
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私がこの村に来て迎える、四度目の夏。
私は五月に十六歳になった。
楽しい時は過ぎるのが早いと言うけど、本当にそうだと毎日実感してる。
昨年の十二月には大雪が降って、二階の窓から外に出た。
あんなにたくさんの雪を見たのは生まれて初めてだった。
雪が消え、春になると、山の一部で桜が咲いた。
学校の校庭にも満開の桜がずらりと並び、村中の人達でお花見をしてすごく盛り上がった。
自転車で十五分くらい走ったところに、一面レンゲ畑が続いている景色も見た。
自然ってすごい。季節が変わるごとに色を変え形を変えて様々な美しい景色を見せてくれる。そして一年経ってまた同じ季節になると、同じようにまた感動を与えてくれる。
ここに来て最初に迎えたお正月にはおばあちゃんに教えてもらって、初めてお節料理を作った。
おばあちゃんには他にも季節の行事に作るお料理をたくさん教えてもらっている。
お彼岸に作るぼたもち、十五夜の時に作るお月見団子、お雑煮やぜんざい、おひなさまのちらしずし。
もちろんそんなこと前の家ではやったことがなかったので、そんな行事があるんだと感心するばかりだった。
クリスマスとバレンタインにはゆきちゃんと一緒にケーキを作った。
生クリームがとってもとっても美味しくて、びっくりした。
こんなに美味しい食べ物が世の中にあるんだ、と思わず呟いてしまってみんなに笑われたのも、今では懐かしい思い出。
あの時から、毎年一緒に作るのが恒例行事になってる。
ゆきちゃんは三月に中学を卒業してから、お家の銭湯を手伝ったり、銀太くんの果樹園の手伝いに行っている。
銀太くんは去年の春から本格的に家の果樹園をやり始めて、最高の品種を改良すると張り切っている。
ゆきちゃんは最近ますますきれいになった。
背もすらりと高くて、胸も大きくて手足も長くてスタイル抜群の美人。
私もそれなりには成長したけど、ゆきちゃんと比べるとまだまだだって思う。
ユウは卒業してから村の役場で働いている。
役場での仕事は書類の整理や予算などの計算はご年配の人に任されていて、若いユウは村中を回って集金したり 配水管を直したり屋根を直したり、体力仕事ばかりの毎日だ。大変そうだけど、 その分村のみんなに感謝されて、ユウはますます人気者になってる。
ユウはもう二十歳になる。この二年くらいでますます背が伸びて、力もついて体格も良くなり、銀太くんに負けないくらいになった。男の子はすごい。
私は卒業してからも、週に四日は学校に行って裁縫を指導させてもらっている。
あと、去年産まれた木吉さんちの赤ちゃんをたまに預からせてもらってる。
それ以外は畑に行って家事をして、今までどおりの生活だ。
毎日毎日、当たり前のように訪れる平穏な日々に感謝して、一日一日を精一杯過ごしてる。
みんなにはもっと休めと言ってもらえるけど、こんな私でも、誰かのために何かできることが嬉しいんだ。
もちろん、楽しいことばかりじゃない。
悲しいこともあった。
三年前の冬、 源さんが亡くなった。
毎朝、新聞と牛乳を階段の上まで持って行って、そのついでに家にあがらせてもらって十分くらいおしゃべりをするのが日課になっていた。ユウはたまに一緒について来てくれて、三人でおしゃべりすることもあった。
最初は無愛想で怖いイメージしかなかった源さんが、昔の話をしてくれたりお菓子をくれたり、だんだん距離が縮まって行くのが嬉しかった。
ぶっきらぼうに、ほらよ、と投げて、ぷいと横を向く。
それが照れ隠しなんだということに気づいたのはずいぶん経ってからだ。
亡くなる三日前、源さんは風邪を引いて寝込んだ。おかゆを作って持って行ったら、手を握り涙を流して、ありがとうと言ってくれた。
おばあちゃんもユウも近所のおばさん達もみんなで、交替で看病をした。
夜におやすみと言って眠ったきり、源さんは目を覚まさなかった。
半年間の付き合いだったけど、私にとって本当の祖父のような存在だったのに。
犬のタローも去年死んでしまった。
大雨の日に土砂崩れがあって、タローは不幸にもそれに巻き込まれてしまった。
タローとジローが行方不明になったことに気づいてみんなで探していたら、ジローが懸命に土を掘って鳴いていた。
タローは、大好きだった学校の校庭の隅に埋められ、墓標が立てられた。
悲しかった。
命が失われることは、とても辛いことだ。
でも、おばあちゃんは私に教えてくれた。命は巡るものなのだと。
終わる命があれば、新しく始まる命もある。
悲しいけれど、誰もが皆そうなのだと。
だから、一生懸命生きなければ罰があたる、と涙を流しながら笑って私の頭を撫でた。
背中の傷はもうほとんど見えないくらいになった。
全身の至る所にあった切り傷や火傷、打撲の跡も、ゆきちゃんのところの温泉に入り続けたおかげでだいぶ消えた。
体の傷は消えたけど、精神的なダメージはまだ残っている。
真っ暗なところ ではやっぱり怖くて極度の緊張状態になってしまうし、お母さんの夢も未だに見てしまう。それに、ユウと手を繋いでいないと絶対に安眠できない。
この前、ゆきちゃんの家にお泊まりさせてもらうことになった時には、 夜中に絶叫
して起きてしまって、結局朝までゆきちゃんとおしゃべりして過ごした。
三カ月に一回くらいのペースで定期的に手紙のやり取りをしている田島さんによれば、虐待を受けた子どもはトラウマに悩まされることが多くあるそうだ。
心に受けた傷は消しゴムをかけたようにきれいに消すことはできない。
だから、それをどう受け止め、乗り越えて行くかを考えなくてはいけないのだと。




