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45 悪夢

暗闇の中、バシっ、バシっと体に走る痛みをぐっと堪える。

早く終われ、とそれだけを願う。

今は夜中の三時頃だろうか。

カーテンは閉められていても電気は点いている。

なのにこんなに真っ暗なのは、私がずっと、目を閉じているからだ。

お母さんはいつもそうなんだ。

殴られている時に目が合うと、火のついたように怒る。

生意気な目で見るな、そんな汚い顔を見せるなって怒鳴り散らして一層酷く殴るんだ。

だから私はいつもぎゅっと目を閉じた暗闇の中で痛みを我慢して過ごす。

声もあげないように歯を食いしばっているんだ。


「あんたがいなければ私はもっと幸せになれたのよ!」


・・ごめんなさい。

どうしてそんなに怒っているの? どうしてそんなにわたしを打つの?


「あんたさえ、あんたさえいなければ、こんな惨めな思いしなかった!」


ごめんなさい、ごめんなさい。

私がいるからいけないの? 私がいなければお母さんはもっと幸せになれるの?


「あんたなんて産まなきゃよかった! なんで産まれて来たのよ!

なんの役にも立たないくせに。なんの価値もないのに」


ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

・・でも、だったらどうして私を産んだの? 

私だって、産まれたくて産まれたわけじゃないのに。


「すぐに失敗する愚図でのろまなところは、あのろくでなしのアイツそっくり。

虫酸が走るわ。どっか行きなさいよ!」


ぐいっと腕をつかまれ、立ちあがらされる。

顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、鬼のような形相のお母さんが花瓶を振り上げる姿。




「・・・っ!」

何カ月も前に頭を殴られたあの衝撃でハッと目が覚めた。

体を起こして両手で頭を抱える。


もちろん夢だ。

あれは過去の出来事。

痛みは錯覚。

なのにガンガ ンと内側から鐘をたたくように頭が痛い。

うまく呼吸ができない。

落ち着け、 落ち着け、と自分に言い聞かせる。

お母さんの夢を見るのはこれで三日続けてだ。

ユウくんに手を繋いでもらって寝てた時は、一週間に一回、見るか見ないかぐらいになっていたのに。

少し離れただけでこんなに不安定になってしまうなんて。


豆球の明かりが点いているので襖の前にユウくんが寝ているのがぼんやりと見える。


・・・遠い。

八畳間のこの部屋に二人で寝ているのに、この距離がすごく遠く感じる。

水を飲んで落ち着くと、目が覚めてしまって眠れそうにない。

というか、また夢を見るんじゃないかと思うと眠るのが怖い。

私はこれから、どうしたらいいんだろう。このままずっとここにいてもいいと言ってくれるけど、本当にそうしていいのだろうか。

私がいることで、ユウくんとゆきちゃんの関係を邪魔してしまうんじゃないかという思いが、どんどん大きくなっている。


でも、私には他に行き場所がない。

頼れる人なんか誰もいない。行く宛なんかどこも思い浮かばない。

ここにいたい。


でも、ゆきちゃんの あの眩しい笑顔が私のせいで曇ってしまったら。

そんなの堪えられない。

膝を抱えて、ぼんやりとユウくんを眺めながら、同じことを何度も考えていた。




どのくらいそうしていただろう。

ユウくんが大きく二回、寝返りを打った。 うう、と小さく呻くような苦しそうな声が聞こえる。


「・・ユウくん?」


ユウくんの手が苦しそうに布団を手繰り寄せている。

私は立ち上がり、ユウくんのところに駆け寄った。


「ユウくん、どうしたの? ユウく・・」 思いもよらないすごい力でぐいっと腕を掴まれ、視界が一転する。

一瞬、何が起きたか分からなかった。

背中に回されたユウくんの両手が痛いくらいに締め付けてくる。

苦しい。でも、 ユウくんはきっともっと苦しんでる。

私は何とか右手を出して、ユウくんの頭をぎゅっと抱き締めた。


「ユウくん、だいじょうぶだよ。だいじょうぶ」


何度も耳元でそう囁いて頭を撫でた。


「まなみちゃ・・」 ユウくんが顔を上げ、もう一度私を抱き寄せた。


今度の抱擁はさっきとまるで違って、優しく、包み込まれるようなあたたかいもの。


「ゆ、ユウくんも、怖い夢、見たの?」

「・・ごめん、こんな情けないとこ、見せて」


ユウくんの声は掠れていて、今にも泣き出しそうだった。


「もうちょっとだけ、このままでいさせて?」

「うん」


私も両手で抱き締めた。離さないように、ぎゅうっと。

抱き合ってた時間はすごく長いように思えたけど、一分くらいだったのかもしれない。

緊張のあまり息を止めていた私は、体が離れると深く深呼吸した。

私達はどちらからともなく手を繋いだ。いつものように。

一つのお布団だからいつもより体が近いのだけれど。

そっと隣を見ると、ぱちりと目が合った。



「・・手を繋いで安心して寝てるのは、僕の方だったみたいだよ」

「ユウくん」

「もう三夜連続なんだ。悪夢に魘されるのは。朝起きてもすごく疲れてて、ちっとも寝た気がしない」


まさかユウくんも同じだなんて。

驚いてる私を見て、ユウくんは苦笑いする。


「まなみちゃんも?」

「うん。私も三日とも。・・さっきなんか、花瓶で頭殴られちゃった」

「笑えないなあ。大丈夫?」


体をこっちに向けて頭を撫でてくれる。


「だいじょうぶ。夢だよ。もうずっとずっと前のことだもの」

「そうじゃなくて。体の傷は時間が経てば治るけど、心の傷はずっと残るから」

「・・うん」


繋いでいるユウくんの手にもう一つの手が重なって、私の手が包まれる。

すごくあったかい。


「もうこれは不可抗力だね。お互い、こうでないと寝られないんだから。

あー ・・、こうしてると、なんかどっと眠気がー・・。

おやすみ、まなみちゃん」


ユウくんはふああと大きなあくびをしたかと思うと、目を閉じた。

すーすー寝息を立てているのを見てると、私も眠くなってあっと言う間に眠りについた。


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