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43 僕を産んだおかあさん

ある日、ユウくんと部屋の掃除をしていたら、

茶ダンスの裏の隙間から一枚の写真が落ちているのに気が付いた。


男の人と女の人が赤ちゃんを抱いてにっこりほほ笑んでいる。

誰だろう。

この村の人かなと手に取った写真を眺めていると、ユウくんがひょいっと顔を覗かせた。


「どうしたの? なにかいいものでも落ちてた?」


先日タンスの裏に五百円玉が落ちていたことを言っているのだろう。

ユウくんは写真を見て、あっと小さく息を飲んだ。


「僕の、父だ。じゃあ、こっちは・・」


私から写真を受け取るユウくんの手は少しだけ震えているように見えた。


「・・・初めて見た。僕を産んだ、おかあさんの写真、だ。

家には一枚もなかったから」


ユウくんはそれ以上何も言わずに、ただじっと写真を眺めていた。



夕飯の後、お風呂に行こうとするおばあちゃんを引き留めて、三人でもう一度ちゃぶ台を囲んで座った。

ユウくんは写真をそっとちゃぶ台に乗せる。


「おばあちゃんは知ってるんだよね? 僕を産んだ、おかあさんのこと。

話して欲しい」


おばあちゃんは写真を見て目を真ん丸にして驚いたけど、静かにコクリと頷いた。

よいしょっと腰を上げて、お仏壇の前に移動する。私達も後に続いた。


「ユウ、お前の本当のおっ母さんは、・・・優香というんじゃ」


一冊のアルバムを取り出すおばあちゃんの声は震えていて、目には涙が溢れ出す。


「優しくて気だてがよくて・・この村一番のおなごで、

わしの自慢の一人娘じゃ」

「娘って・・! おばあちゃんはお父さんのお母さんなんじゃ・・」


ユウくんは動揺を隠しきれずにおばあちゃんに詰め寄った。

おばあちゃんは目を伏せて、アルバムをめくるよう、促した。

アルバムの中には、小さな女の子と、今よりも若くてハツラツとしたおばあちゃんが写っていた。


「優香はお前がまだ赤ん坊のころに事故で亡くなった。

今でも忘れやせん。

雨の降る日やった。赤ん坊連れた和彦さんが、真っ青な顔でやって来て、言ったんじゃ。車に撥ねられて即死やったと。

葬式やら手続きやら済ます間、ユウを預かって欲しいと」


おばあちゃんは手拭いをとりだして目元をぬぐい、先を続けた。


「わしはそのままここでユウを育てることも考えてたんじゃけどな。

しばらくして和彦さんは別の女性を連れてユウを引き取りにきた。

優香を死なせてすぐに別の女に乗り換えるたあ、酷い奴やって源さんや他の衆も怒り狂っておったが、赤ん坊のお前を育てるには母親が必要だって言われての。

認めんわけにはいかんかった。

あんな女やと分かってたら絶対に認めんかったのになあ。すまんのう、ユウ」


おばあちゃんはすまないと何度も悔しそうに言った。

ユウくんは何も言わずに首を横に振り、おばあちゃんの肩に手を置く。


「そんなの、仕方ないよ。誰にもわからない。

あんな風になってしまう前は本当に良い母親だったんだしね。

おばあちゃんが悔やむことじゃないよ」


「ユウ、お前は顔は和彦さん似じゃが、性格は優香そっくりじゃ。

源さんも優香をかわいがってくれとったからのう。

和彦さんに、再婚を認める代わりに盆や正月にはユウの元気な顔を見させろって言い出したのも源さんなんじゃて」


おばあちゃんは一度言葉を切り、お鈴を鳴らした。

澄んだ綺麗な音が響く。


「源さんが・・」

「あのままやったらわしらとは縁が切れてしまうのは目に見えとったからの。

和彦さんは自分のご実家とは昔に縁を切っとるらしくて、だったらここを和彦さんの故郷やってユウに言えって。

あんまり源さんが強引に言うもんやから、和彦さんも折れてねえ。

騙しとって、悪かったの。噓も方便やと思ってくれんかの。

わしらは、休みのたんびにこっちにユウが帰ってきてくれるのが嬉しくて嬉しくてのう・・」

「謝らないでよ、おばあちゃん。

僕は・・、僕だって、ここに帰って来れることでずっと救われてたんだから」


おばあちゃんは、数珠を取り出して、もう一度深くお辞儀をした。

お仏壇を愛おしそうに眺める。


「お前を産んだ、母親はこん中におるんじゃ。

・・優香。ユウは立派に育っとる。安心せい」


ユウくんは俯いて、手をぐっと握り締めていた。

今にも泣き出しそうな背中を見ていられなくて、私はその手に自分の手を重ねた。


「お前が毎日お仏壇に参るのを、優香はきっと喜んでくれとったじゃろうて」

「・・うん、そうだね。ありがとう、おばあちゃん。話してくれて」


顔を上げたユウくんは、いつもの笑顔をおばあちゃんに向けた。時計の針が七時を指している。


「あ、もうお風呂の時間だ。おばあちゃん、行っておいでよ」

「そうじゃな。じゃ、行って来るよ」





二人になると急にシンと静まり返った。

さっきからずっとお仏壇の前に二人で座っている。

八月に入って日が落ちるのもずいぶん遅くなった。

西日が差して明るかった部屋が、日が沈んでようやく暗くなって来た。

電気をつけようと立ち上がると、手をぐいっと引き寄せられた。


「わ!」

倒れた私はユウくんの腕に抱え込まれて身動きが取れなくなった。


「・・・ずっと、近くにいたんだ。僕を産んだおかあさんが。

東京では何一つ残ってなかった。

僕が何の疑問も持たずにあの人を母親だと思うように、全部全部捨てられてた。

でもここにはおかあさんがいるんだ」


ユウくんの顔は見えないけど、声はとても穏やかだ。

私も手を伸ばして、そっとユウくんの髪を撫でた。


「きっと、見守ってくれているね」

「そうだね」

そのまま時間が止まったように私達は寄り添ってた。

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