40 お出掛けしよう
「まなみちゃんは二人乗りしたことある?」
自転車にまたがって尋ねるユウくん。
私はもちろん横に首を振った。そんなの、あるわけがない。
実は自転車も自信がないくらいだ。だってうちになかったし。
「そこに足を掛けて、そうそう。僕の肩に掴まって。よいしょって乗って」
言う通りにステップに乗っかる。けど! すごく怖い。
高いし、不安定だし、バランスが上手く取れない。
行くよーとゆきちゃんの声がして、ユウくんもペダルに足を掛ける。
「進むよ。大丈夫?」
「だ、だめ。こわいっ」
こんな態勢で動くなんて考えられない。もう降りたいくらいだ。
自転車がゆっくり動き出して、私はぎゅっとユウくんにしがみついた。
ユウくんはくすくす笑い出す。なんで笑うのか分からないけど、私はそれどころではない。怖くて目も開けられない。
「まなみちゃん、いつも僕が大丈夫って聞くと、大丈夫って即答するけど、今は正直だね」
そんなことを言われても、痛いのを我慢するのとこれは全然違う。
「だ、だって、こんなの、無理だよ。怖いもん。
もう降りていい? ユウくん、私、 走って行くから・・」
「待って、待って。スピードダウンするし。
あー、ほら、山が綺麗だよ。見てごらん?」
そう言われて、堅く閉じていた目をちょっとだけ開けた。
目の前に広がる、連なった山々。手前には川がザーザーと音を立てている。
「この辺りの景色はずっと最高だよ。もう少し行くと小さな滝も見えるし。
あ、 あっちに、お地蔵さんが並んでるなー。
あ、川で釣りしてるの、近藤のじいちゃんじゃない? なんか釣れてるのかなー」
恐る恐る視線を左右に動かしてみる。
山も、川も、どれも進んで行くにつれて様々な色が見える。
「もっと僕に寄りかかって、ぎゅーってしていいよ。その方が安定するでしょ?」
「う、うん。ありがとう」
もうずっと、かなりの力でしがみついてるんだけど。
ユウくんは背が高くて私はチビだから、ちょうど後ろから首に抱きついてるような態勢になっている。
改めて自覚すると恥ずかしいけど、手を緩めるなんてできそうにない。
ユウくんのお言葉に甘えさせてもらおう。
「慣れると風も気持ち良くなるよ。
今日はサイクリング日和だよね、空が真っ青だ」
「うん」
あったかい背中。大きくて、すごく、あったかい。
目の前にある真っ黒でさら さらのユウくんの髪。
少しだけ、頬を寄せてみる。あ、この香り・・・。私のと同じシャンプーの匂い。
同じ家に住んでいるんだから当たり前なんだけど、 それが妙に私の心を落ち着かせた。
「今日は特別かわいいね」
ユウくんは前を向いたまま私に言う。
「さっきは何にも言えなかったよ。ビックリしたっていうか、照れちゃった」
ユウくんの言葉で、私の顔はきっと一瞬で真っ赤になった。
*****
「ユウ兄、遅ーい! 早く早く!」
自転車が止まって着いたところは、広い草原。
先に到着していたゆきちゃんが大きく手を振っている。
芝生はふかふかで、足が包み込まれるようだ。
「早くおいで、まなみちゃん」
ユウくんはダーッと走って、ゆきちゃん達のところまで行くと、銀太くんの横にごろんと寝転がった。
「これが最高に気持ちいいのよ! ほら、まなみも」
ゆきちゃんに手を引かれて、私も芝生に倒れ込んだ。
絨毯に寝ているようなやわらかい感触。芝生と土の匂い。
青い空、ところどころにある白い雲、回りを囲む緑の葉。
さわさわと風が木々を揺する音、鳥の鳴き声。吸い込む空気も美味しい気がする。
五感のすべてが気持ちいいと感じている。
「すごい、素敵なところね」
「でしょ? 昔からここは私達のとっておきの場所なの。大人も、チビ達も誰も
知らない。秘密基地みたいなものよ。あっちに洞穴みたいなものもあるし、大きな木もあるの。
昔から、ユウ兄が来た時には三人でこっそりここに来て遊んだのよね」
ゆきちゃんは立ち上がって手を真っすぐ空に掲げた。
「まなみと一緒に来たかったんだ。他の子にはまだ言っちゃ駄目よ。四人だけの秘密」
「・・・うん」
なんだろう、くすぐったいような変な気持ち。
「まなみ、こっちに来て! クローバーがたくさんあるのよ。四つ葉のクローバー探そう」
私の手を引いて、走りだす。
みんなで、裸足になって走った。
洞穴は思ったより大きくて行き止まりのトンネルみたいで、声が響いておもしろかった。
大きな大きな木に、初めて木登りをした。
私は手伝ってもらってようやく一番低い枝に乗ることができた。
上を見上げるとゆきちゃんはもっと高いところにいて、銀太くんはそのさらに上、下からでは見えないところまで登っていた。すごい。
ユウくんは私の少し下にいる。上に登らないのって聞いたら、
「まなみちゃんが落ちた時、上にいたら助けられないでしょ?」って笑う。
「もう、落ちないよ!」って言い返しながら、私はうれしくて、顔が緩むのが抑えられなかった。




