4 電車に乗って
近くの駅に着くと、小野木さんは慣れた手つきで切符を買って、私の手を引いたまま改札を通った。
すぐに来た電車に乗って、並んで席に座る。
もう何がなんだか分からない。
どこにいくんだろう。
お金を出してもらってよかったんだろうか。
・・・とは言え、私は一円も持っていない。
どうして、一緒に来てくれるんだろう。
どこまで行く電車なんだろう。
電車なんて小学校の社会科見学以来乗ったことがない。
窓の外の景色はもう全然知らないところだ。
車内に掛けられたデジタルの時計は二時十二分を表している。
まだお母さんは家で寝ているだろうか。もう仕事に出掛けたころだろうか。
ふいに背中が座席に触れて、ズキっと痛む。
今日は朝からずっとずっと痛かったのに、あんまり突然の展開で、背中の傷のこと、ちょっと忘れていた。背筋を伸ばして座り直す。
各駅停車の電車だったようで、五分も立たないうちに次の駅に停車し、また出発する。さっきからそれの繰り返しだ。乗っている人もほとんどいない。
「ほら、まなみちゃん。見てごらん。一面緑できれいだよ。畑かな。
あの川の向こうには、田圃や畑が結構あるね。あ、あれは何の木かな。
大きいなあ」
彼の指さす窓の外には緑が広がっていた。日常では見ることのない風景だ。
私達の住んでいる町はわりと都会だから、コンクリートとアスファルトばかりだ。
ずうっと広がる田圃や畑の緑は、私の目には珍しく、とても綺麗なものに見える。
大きな川が見えて、鉄橋を通過して、しばらく畑を通って、また町に入る。
聞いたことのない地名。
ここはどこなんだろう。
隣の県にまで出てしまったのだろうか。
電車は一つ一つ止まりながら、どんどんどこかに進んで行く。
窓の外の景色がどんどんどんどん流れて行く。
急に不安になった。鞄を握る手が震える。
私がこんなことをしているとバレたら、きっと母は怒り狂うだろう。
追いかけてくるかもしれない。
もし連れ戻されたら・・・。そう考えただけで一気に恐怖に襲われた。
「あ・・・、あの、私、やっぱり戻ります。
きっと、お、お母さんが追いかけてくる、から」
「だいじょうぶだよ」
小野木さんは繋いでいる手をぎゅっと力強く握った。
そう言えば、家を出てからずっと、手を繋いでもらっている。
「君のお母さんがもし来たら、僕が追い返してあげる。逃がしてあげるよ。
酷い目に遭うと分かっていて、帰るのは絶対駄目だよ」
「でも、お、小野木さんにも迷惑が・・・」
「そんなの気にしなくていいから」
やさしい声。
どうしてこんな私に、こんなにも優しくしてくれるんだろう。
「どうして、ここまで、してくれるんですか・・・?」
疑問を声に出すと、小野木さんは「そうだね」と座席のシートに背中をもたれさせて答えた。
「僕も自分の家に居たくない、から。君を口実に一緒に逃げて来ただけだよ。
どの道、あの家からは出て行くつもりだったから。
そのためにお金も用意してたし。
・・って言っても、まだ二回しか会ったことない奴にこんな風に連れ回されたら怖いか。ごめんね」
「い、いえ! そんなことは、ないです」
自分でもびっくりするような大きな声が出てしまい、小野木さんも少し目を大きくした。
「そう? ならよかったけど。
よく分からない奴と一緒にいるのは不安だろうから、少し、僕の家のこと、聞いてもらおうかな。あまり面白い話じゃないけどね」
眉を寄せて苦笑する小野木さんに、私はこくんと頷いた。