32 好きとか、よくわからない
「さて、まなみにはまだまだ聞きたいことたくさんあるけどその前に。まず!
なによりもまず最初に、ユウ兄のことをハッキリさせとこうと思って」
ずいずいっとゆきちゃんが迫って来て、私はお風呂の端まで追いやられた。
「まなみも好きなんでしょ?」
「え?」
「とぼけないの! あたしはユウ兄のこと、初めて会った小一のころから、大好きなんだから。
まなみには負けないわよー!」
自信満々な顔で私にぴしっと指を突き付ける。
私は、ゆきちゃんの言っている意味がわからずに呆然としてしまった。
「へ?」
「だから、ライバルだって言ってるの。
あたし達二人ともユウ兄のこと、好きなんだから」
「そ、そんな、と、とんでもない!」
私は両手を振って否定した。
まさかそんな、そんな風に見られていたとは思わなかったから驚いた。
「ゆ、ユウくんは恩人というか、すごい、すごすぎる人で、私なんか、そんな・・・好きになるとか、そんなのとんでもない。
それに、わ、私・・好き、とか、そういうのは、よく 分からないし・・」
何を言っているのが自分でもよく分からなくて、ごにょごにょと語尾がだんだん小さくなる。
ゆきちゃんは大きな目をぱちくりっとますます大きくさせた。
「マジで? 誰かを好きになったこととかないの? 初恋も?」
「う、うん」
そんなに変だろうか。
今まで、下ばっかり向いて、人と目が合わないように生きて来たから、恋愛どころか友達も、知り合いすらいない状況だった。
今思うとどうしてもっと回りを見ようとしなかったのか、愚かな自分を後悔する。
他人との関わりがどれだけ大事か、ここで暮らしてからみんなに教わった。
すっかりほかほかになって待合室に行くと、もうユウくんと銀太くんがいた。
「あ。ごめんなさい、待たせちゃって」
「ううん。いいお湯だったね。あったまった?」
にっこり笑うユウくんの髪はまだ濡れている。
私とゆきちゃんはドライヤーを使ったから乾いているけど。
「もー、ユウ兄はまた、髪びしゃびしゃじゃん。
ちゃんと拭かないとキューティクルが痛んじゃうよ」
ゆきちゃんがタオルで後ろからユウくんの頭をわしわしと拭く。
「わ。こら、やめろって」
「ゆっこ。わしの頭も拭いてくれや」
銀太くんが背中を曲げてゆきちゃんの前に頭を差し出した。
「この頭のどこを拭けって言うのよ! 坊主頭にタオルは不要」
ぺちんと頭を叩かれて、銀太くんはイタタタと大袈裟に倒れた。
そこにどかっと乗っかって頭をぐりぐり撫でるゆきちゃん。
「・・すごいでしょ。いつもこんなんだよ、この二人は。
ケンカするほど仲が良い、の見本みたいなやつらだな」
ユウくんがそんなことをボソッと耳打ちするから、私はおかしくてつい吹き出してしまった。銀太くんとゆきちゃんが同時に私を見る。
「あ、ご、ごめんなさい。な、仲良しだなあって・・・」
「仲良くないっ!」
二人口を揃えてこっちをキッと睨んだ。
ゆきちゃんは、あたしの真似しないでよって銀太くんの耳を引っ張って、銀太くんはゆきちゃんのほっぺを引っ張って。
私とユウくんは、笑ってしまうのを抑えるのに必死だった。
*****
それからも、毎日嵐のように色々な新しいことがあった。
目まぐるしく変化した私の周りの環境。
朝、三人分のお弁当を作るのと、朝ごはんを作るのは私の仕事。
私がお料理してる間、ユウくんは布団を干したり部屋の掃除をしたり、おばあちゃんは庭の草むしりをしたり、それぞれに何かしら作業している。
おばあちゃんは、一人くらい適当に食べるからいいって言う。
けど、一人分をわざわざ用意するのは大変だろうし、お弁当なら畑でもおうちでもお友達の家でも食べられるから、一緒に作らせてもらってる。
ユウくんの学ラン姿はとてもかっこよかったけど、貰った時に袖を通しただけで、すぐに半袖シャツになった。
私もセーラー服の夏服だ。
半袖から出ている腕には、まだ何カ所か傷痕が残っている。だいぶ消えたけれど。
ゆきちゃんが初めて一緒にお風呂に入った時に話してくれたように、ここのクラスのみんなは私の傷を見てもたいした反応はしなかった。
もう痛くないんかって心配そうに聞いてくれる子は何人かいたけど。それだけ。
半袖姿でいるとソワソワして落ち着かなかった私も、
だんだん自然でいられるようになった。
クラスはたった一つだけ。
村中の子ども達がみんな集まっている。
小一から中三までバラバラだから、授業はそれぞれが自分の教科書と問題集を進めていく。
保坂先生がみんなの席をくるくる回ってヒントを出したり教えてくれる。
保坂先生は去年来た新しい先生で、優しい女の人だ。
慣れない私に、とても親切に、でもみんなと同じように接してくれる。




