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30 繋いだ手

「もう銭湯に入りに人が来始める時間かな」


三件お隣のおじさんがタオルをぶら下げて鼻歌を歌いながら歩いて行く。

人目があると、さっきまで気にならなかった自分の腕の傷が恥ずかしく思える。

半袖なので丸見えだ。両手で自分の腕を抱いても隠しようがない。


「それ、可愛い服だね。僕達も帰ろうか」

「あ・・、うん」

ユウくんは首に掛けていたタオルを私の肩に掛けて、にっこり笑う。

こういうさりげない優しさが、本当に嬉しい。

小さなタオル一本だけど、私の心はすごく大きな安心に包まれたような気分だった。





夕ごはんを食べながら、おばあちゃんにも今日のことを話した。


「ほーか、ほーか。ゆっこと仲良うなったか。よかったのう」

おばあちゃんも喜んでくれる。

「うん。すごいのね、銭湯って。あ、あんまり広くてびっくりした。

お湯が白くて、ケガにもいいんだって。

ゆきちゃん、私の傷を見ても、そんなの気にすることないって言ってくれたの。

この傷、の本当のこと話したら、ヒドイって怒ってくれて・・。

田舎の子はみんな傷だらけだから大丈夫だって言ってくれて、す、すごく嬉しかった。

あ、それでね、小さくなってもう着れないからこの服あげるって、言ってくれたんだけど、本当にいいのかな・・。

あ、制服もあげるって、明日取りにおいでよって言ってくれて・・」



二人の視線が自分に集まっていることににハッとして、私は肩をすくめた。


「ご、ごめんなさい。私、夢中でしゃべっちゃって・・」


おばあちゃんとユウくんは驚いた顔で二人、顔を見合わせたかと思うと、ぷっと吹き出した。


「あっはは。なんで謝るの。まなみちゃんがすごい嬉しそうで僕も嬉しいよ。

女の子はおしゃべりなくらいじゃないと。ねえ、おばーちゃん」

「ああ。やっぱり年頃の女子は、女子同士の連れが大事じゃ。

仲良うやって色々教えてもらい」

「うん。あのね、ゆきちゃんとお友達になれたのは、おばあちゃんのおかげだよ。どうもありがとう」

「なーに言っとるんや。わしゃ、何もしとらんわ」


おばあちゃんは、がはは笑う。

けど本当に、畑でゆきちゃんと一緒に散歩しておいでって、きっかけを作ってくれたから、こういう結果になったんだと思う。


「ユウくんも、いろいろありがとう」

「へ? 僕? 僕なんかホント何もしてないよ。釣りしてただけー」

「ううん。私がこうやってここにいることがもう全部、ユウくんのおかげだもの。だから、本当に、どうもありがとう」


私は深く頭を下げた。顔を上げると、ユウくんは困ったような照れたような表情で笑った。

本当に、本当に、ユウくんにはいくら感謝しても足りないくらいだ。

もしユウくんに出会っていなかったら、私はどうなっていただろう。

もう考えられない。






*****


「・・はぁ、はぁ」

くらくらする頭を押さえて、体を起こした。

お布団の横に置いてあるペットボトルのお水を一口飲んで、 呼吸を整える。

背中がズキズキと痛む。もう傷口は塞がっているはずなのに。

私は両手でぎゅうっと肩を抱いて、体の震えを必死に止める。

大丈夫、落ち着け、落ち着け。

夢。夢だから。


「まなみちゃん・・?」

「あ、ご、ごめんなさい。起こしちゃった?」

「んー。いいってば。また夢、見たの?」

「うん・・」


眠そうなユウくんの声。

私は自分の布団にもぐり込んで、震える体をぎゅうっと押さえ付けた。


「大丈夫だから。いつも起こしちゃって、ごめんね」


私のすぐ隣に布団をひいて寝ているユウくんは、私が夢に魘されると、いつも声を掛けてくれる。

毎晩毎晩だから本当に申し訳なくて、起こさないように別の部屋で寝ようかって提案したら、それだと気になって余計に眠れないよ、と言われてしまった。

ユウくんは、元々眠りが浅いらしい。

夜中に何度も起きたり、眠れなくなって朝まで起きてることもあると言っていた。

だから、起こされても平気だよって。


「まなみちゃんの大丈夫は・・当てにならないからなぁ」


ユウくんがもぞもぞと動いて、私の方に手を伸ばす。

ぽんぽんと掛け布団の上から叩いてくれる。

小さい子を寝かしつける時みたいに。


「怖かったんでしょ? 平気なふりなんてしなくていいよ。

ほら、手、出してごらん」


言われるまま私も手を伸ばす。

ユウくんのあったかい手が、きゅっと私の手を握った。


「これでもう、一人じゃないから平気だよ。

夢でお母さんに追いかけられても、僕が引っ張って助けてあげるから。ね?」


優しい声。

私は胸がいっぱいになって何も答えられずにただ顔を縦に振って、手を繋いだまま掛け布団をかけた。

あったかい。

ユウくんの手を握っただけで、怖いことも飛んで行ってしまうように思える。


私なんかが、こんなに優しくしてもらって・・・いいのだろうか。

そんな風に思ってしまう。

こんなに幸せで、こわいくらい。



・・・お母さんは私を、見つけるだろうか。

毎日殴られる地獄のような日々には、もう戻りたくない。

こんなあったかい場所を知ってしまったから、もうあんなのは耐えられない。

どうして前はあんな生活ができたのか、考えられない。

自分で思い浮かべてゾクリと身震いする。


繋いだ手が、どくんどくんと脈打っているように感じた。

私の鼓動なんだろうか。それともユウくんの・・?

なかなか眠れない私は、しばらくそのリズムに耳を傾けていた。


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