29 仲良しになったから
「そうだ。まなみ、明日から毎日入りに来なよ。
うちのお湯は温泉だから傷にもよく効くのよ。
あたしの傷も最初はもっとヒドかったんだけど、ずいぶん薄くなってるし。
村のみんなも、うちのお湯に浸かるとケガが早く治るって言ってる」
「え、でも・・、い、いいよ」
私は首と手を横にブンブン振った。
銭湯は村中の人が来ていると言っていたし、私にはとても無理だ。
「わかってる。みんなと一緒は嫌でしょ?
ここは夜九時までにはみんな帰るから、九時半に来て。
あたしが入る専用の時間だから、他の人はいないの」
「え? い、いいの?」
「いいに決まってんじゃん。一人より二人でおしゃべりしながら入った方が楽しいし。
あ、 服、これ着て。下着も適当に色々持って来たから合うやつ着けて」
「わ、すごい。何から何までどうもありがとう」
言葉どおりカゴにはシャツやブラジャーやパンツが何枚もわさっと盛られている。
私は下着を着て、もう一つのカゴの服を手に取る。
「わ、か、可愛い服、着ちゃってもいいの?」
大きく前に猫のキャラクターがプリントされた白の半袖のTシャツに黒のミニスカート。
裾には小さなフリルがついている。すごく可愛い服だ。
半袖だけを着るなんて久しぶりで、 腕がスカスカする。
体はほてっているから涼しくて丁度良い。
いつもは半袖なんて・・と思うけど、お風呂での会話のせいかそんなに
抵抗を感じない。
「いいも何も小さくなっちゃってもうあたしには着れないもん。あげるよ。
あ、そうだ。 制服、まだでしょ?
うちの村ではおさがりがどんどん回ってくのよ。うちに何着かあるから、まなみにぴったりなサイズ持ってきなよ」
着替え終わったゆきちゃんは、話しながらもタオルを畳んだりカゴを整えたり鏡を拭いたり、細々と掃除をしている。さすが銭湯の娘さんだ。
*****
「あ! 犬の声」
耳をすますと、遠くでワンワン聞こえるような気がする。
ゆきちゃんは嬉しそうな顔で私の手を引っ張る。
「タローとジローだよ、きっと。まなみにお礼を言いに来たんだ。外行こ!」
玄関を出ると、勇次郎くんがタローと一緒に飛びついて来た。
「ねぇね、あーとー」
「あは。まなみ、勇次郎がありがとうって」
私の足元にぎゅっとしがみついて勇次郎くんはにこーっと笑う。
しゃがむと小さな腕でぎゅうっと抱きついてくれて、タローとジローもぺろぺろと私を嘗める。
ジローもうすっかり元気になったんだ。ケガもないみたいで、よかった。
「えー・・と、これはどういう状況?」
「あっ、ユウくん」
声に振り返ると、立ち尽くしているユウくんと銀太くんの姿があった。
「ユウ兄、銀太も。あ! さては、まなみがあたしといるって聞いて心配になって来たんでしょ?
心配しなくってもこの通り、ねー!」
ゆきちゃんは私を立ち上がらせ、ぎゅうっと抱き締めた。
「わ、わ、ゆきちゃん」
「もう、仲良しになったから!」
「・・・僕が知らない間にいったい何があったの? まなみちゃん」
目をぱちくりさせて聞いてくるユウくんを見て、ゆきちゃんは大笑いする。
「女の子の友情はね、いきなり花咲くもんなのよ。
あたし達、さっきお風呂で友好を深めてたの」
ね、まなみー、とゆきちゃんがにこーっと笑う。
勇次郎くんと似ている笑い方。えくぼがかわいい。
「ねえね、だーっておりてーねー、じろたすけたーの」
勇次郎くんの熱弁にユウくん達はハテナ顔でゆきちゃんを見る。
「あのね、川でジローが取り残されてて、まなみが助けてくれたの。
それはもう、すごかったんだから。すごい勢いで川に入ってって。
びっくりしたわ」
「だ、大丈夫だったの? ケガは?」
ユウくんはあたふたと慌てて、私の頭の上からつま先まで確認する。
腕と膝のケガを見つけて眉をしかめた。
「だ、だいじょうぶだから。ちょこっと擦っただけ。
今、ゆきちゃんにお風呂に入らせてもらって、すごく気持ち良かったの!
あ、あのね、いろいろお話もできて、と、友達になってもらえたの!」
ユウくんはちょっと驚いた顔をしたけどすぐににっこり笑って私の頭を撫でてくれた。
「そっか、よかったね」
家から大きな声で、ゆっこーと呼ぶ声が聞こえる。
「お父さんだ。じゃ、まなみ、明日の昼過ぎ、制服とか取りにおいでよ。
ほら行くよ勇次郎。銀太、暇でしょ、ちょっと手伝って行きなさいよ」
「おう、しゃーねえなあ」
しゃべり終わらないうちにもう一度、ゆっこーとさっきより大きな声が、家から響き渡った。
「はいはい、今行くってば。またね!」
「うん、また、ね」
ぶんぶんと手を振り合う。
ゆきちゃんは勇次郎くんを抱き抱えながら銀太くんを引っ張って、家に戻って行った。




