27 体の傷痕
しばらく歩いて、私は湯元さんのお家に連れて行かれた。
雪子さんの家だ。玄関をくぐりながら雪子さんは大声で叫ぶ。
「お父さーん、友達が川に落ちちゃったからあー! ちょっとお風呂入るねー!」
おうよーとどこからか返事が返って来て、私は雪子さんに赤い暖簾がかかった扉にぐいっと押し入れられた。
「着替えとか持ってくるから、入ってて」
「え・・・でも、ケガしたから汚しちゃうよ」
「いいのっ! そんなケガ、ここじゃみんな日常茶飯事よっ!」
入ってるのよ、と叫んで、ぴしゃりと扉は閉まる。
・・・入って、いいのだろうか。
すごく広い脱衣場にぽつんと私一人だけ。
ここに入った時、銭湯の匂いなのか ほわんとあたたかな独特の香りに包まれた。
どうしようか少し悩んだけど、濡れた服は気持ち悪いし、お言葉に甘えて入らせてもらおう。
他に人もいないみたいだし。
脱いだ服をカゴに入れて、もう一つの扉を開ける。
すごい湯気に包まれて、広い大浴場が現れた。
「すごい・・・!」
泥や血が付いているから、まずは丁寧に体を洗った。
擦ったところがピリピリと痛いけど、このくらいの傷はすぐに治る。
そして、何度もかけ湯をしてから大きな湯船にそおっと浸かる。
「はぁ・・、きもちいい」
自然と口からそう漏れた。
透明ではなくて少し白っぽいお湯だから、自分の体が見えなくて、余計に気分が良い。
体中の傷が目立つようになった中学になってからは、銭湯はもちろん、学校のプールにも入っていない。
家のアパートはシャワーばっかりだったから、お風呂がこんなに気持ち良いものとは思わなかった。もっと傷にしみるかと思ったけどそうでもない。
体が中からポカポカあったまってくる。
「入るわよ」
声と共に、雪子さんが裸で入って来た。お風呂なんだから裸なのは当然なんだけど、 人の裸なんて見たことがあまりないから焦ってしまう。
私が一人でワタワタしてるうちに、雪子さんはざーっとかけ湯をして湯船に入って来た。 そしてすぐ隣に並んで座る。
「さっきは、ありがとね」
「え?」
「ジロー、助けてくれて。
あんたの言う通り、大人を呼びに行ってたらきっと流されて助からなかったわ。
勇次郎も自分が行くとか言い出しただろうし。
びっくりしたけどね。あんた大人しそうなのに、やるのね」
雪子さんは、にっと笑う。
私は恥ずかしくなって首をすくめた。
「あ、夢中で・・・。
この前、ユウくんが、タローとジローはみんなで可愛がってる犬だって言ってたし、絶対に助けなきゃって思って・・」
「でもあんな無茶したらダメじゃん。ほら、手、見せ・・」
急に雪子さんが私の腕を引っ張り上げた。
「あ、あんた、それ・・! 」
私の腕に残る痣を見て雪子さんは目を丸くした。
「 あ、親がいないって言ってたっけ。事故とかだったの?」
「え、えっと・・」
「あー、ごめん。いいのいいの。言いたくないよね。聞いちゃってごめんね!」
「い、いえ。お見苦しいものを見せてしまって、すみません」
私は体を隠すように首まで白いお湯に浸かった。
「ケガなんて気にすることないのよ。見てよ、あたしだって!」
突然、雪子さんが目の前でザッパーっと立ち上がった。
彼女の胸元には、縦横に大きく痛々しい傷痕があった。
隠す事なく、むしろ自慢げに彼女は自分の傷を指さす。
「すごいでしょ。あたし、小四の時、吊り橋から落ちたの。その時の傷。
背中とお腕にも、ほら。あたしだけじゃないわ。田舎の子どもはみんな傷だらけよ。私みたいに川に落ちて流されたり、山から転がり落ちたり、畑仕事してても鎌で手切ったりするし。
何にも傷がないのは赤ちゃんのうちだけ。誰も気にしないわ、こんなの。
だから、あんたも自分の傷を隠すことないのよ」
あっははーと笑う彼女を見て、私はズキンと心が痛んだ。
雪子さんはこんなに明るくて、自分の傷も平気で晒してくれているのに、私は本当の自分を何も出していない。
こんなんで、仲良くしてもらおうなんて、間違ってる。ような気がする。
「あ、あの!」
私は勢いよく立ち上がり、彼女の前に身体を晒した。




