23 学校
その後もユウくんは立て続けに三匹も釣った。
こんなにすぐそばでやってるのにどうして私のにはかからないのかなあとボヤくと、経験値の差だよとユウくんは笑う。
辺りはとても静かで、川の流れの音がザーッと聞こえるだけだ。
もう少し上流のところに小さい滝があるそうだから、そこの音なのかな。
たまに風が吹くと山の木々が揺れて、さわさわと葉っぱが擦れる音がしている。
「・・・まなみちゃん、学校に行くこと、やっぱり不安?」
私は驚いてユウくんを見た。
「朝、おばあちゃんから聞いてから、ずっと、心配そうな顔してる」
やっぱりユウくんにはウソはつけないなあ、と思う。
私、そんなに分かりやすい顔してたかな。
「・・うん。ちょっと、怖い。
ここの人達はみんなあったかくて優しいから、前とは違うって分かってる。
分かってるんだけど・・・」
「よし。じゃあその不安を軽くしてあげるよ。
釣りはもうおしまい。・・七匹か。近所には配れないけど家の夕飯には十分だよね。
さあ、一度家に帰って、また出掛けるよ」
ユウくんはあっと言う間に後片付けをして、バケツを持って来た道を戻って行く。
私も急いで後に続いた。
家に戻って魚を冷蔵庫にしまって、道具も倉庫に入れて、また家を出た。
「どこに行くの?」
「んー、学校の下見。今の時間だとちょうど授業も終わってるころだしね」
ユウくんは私の手を引きながら、足取り軽く坂道を上って行く。
小さな小さな川が流れるところには二歩くらいで渡れる小さな橋がかかっている。
そこを通ると横のお家の庭で、寝ていた大きな犬が起き上がって、こっちにワンワン吠えた。
あいつはいつも吠えるんだとユウくんは笑う。
階段を上って神社の境内を通り抜けると、学校の校庭が見えた。
距離的には近かったけど、細道とか抜け道ばかり通ったからとても一人ではたどり着けそうにない。
「学校って言うか寺小屋だね。校庭もただの広場だし。
プールはもちろんないよ。川があるからね。
生徒は全部で・・十人、かな。
小学生も中学生も、皆一緒の教室で授業を受けるんだ。超小人数クラスだよ」
話しながら校庭に入って行くと、遠くから叫び声がしてこっちに向かって走ってくる人達が見える。
「ゆーうにーいっ!」
「あ、銀太たちだ」
おーいと手を振るユウくん。背の高い男の子を先頭に、男の子達がどんどんやって来た。
「ユウ兄、なんでもっと早く来んのじゃ。みーんな待っとったぞー」
「ユウ兄ちゃん、あそぼ!」
「ユウ兄ちゃん、あそんで!」
あっと言う間にユウくんは囲まれた。と思ったら、皆の視線が一斉に私に集まる。
「ユウ兄、こ、こ、このべっぴんさんはっ!」
「おおー、噂の町から来たユウ兄の彼女か」
「かわいー」「白いなー」
「こらこら、お前ら。迫って来過ぎ」
すぐにユウくんが間に入ってくれて、私は思わずユウくんの服の裾をぎゅっと
握った。
「みんな一歩下がって。彼女はまなみちゃん。
すごく恥ずかしがりで内気な子だから、ちょっとみんな色々と抑えてくれる?」
はーい、と大きな声で返事をして一歩下がり、なぜか横一列に並ぶ男の子達。
背の順に。
「紹介するよ。銀太は僕の一つ下で中三。
背中に背負って寝てるのは妹のハナちゃん三歳。あれ? 四歳だっけ?
あと、順番に六年の小太郎。四年の栄介と大介は双子の兄弟。二年の一平」
みんな名前を呼ばれるとにこっと笑ってくれる。
「僕たち、来週からここに通うから。みんな仲良くしてやってね。
あ、銀太、ゆっこは?」
「ゆっこは今日は番台に乗る日じゃって授業終わったら飛んでったわ」
ユウくんはそっかーと呟く。
「ゆっこは銭湯の娘。湯元雪子。まなみちゃんと同じ中一だよ」
「ユウ兄に会いに行く会いに行くって騒いどったから、明日は飛んで来るんじゃないかのー」
「はいはい。じゃ、またねー。あ、うさぎ小屋があるんだよ。見に行こっか」
ユウくんは軽くあしらって、男の子達に手を振る。
男の子達は、ええーもう行くの? とか口々に言ってたけど、すぐにバイバイと手を振ってくれた。
「い、いいの? まだあの子達・・」
「ん? いいの、いいの。どうせ夜にはまた銭湯で会ってあれこれ話すんだしね」
うさぎ小屋には二匹の可愛いうさぎがもぐもぐとキャベツを噛っていた。
しばらく見た後は、校舎をぐるっと外から見て回った。
校舎裏の池の横に犬小屋があって、ユウくんが近づくとと元気よく柴犬が飛びついて来た。
しっぽを振りながらユウくんの顔をベロベロ嘗めている。
「こら、タローやめろ。やめろって。くすぐったい。
わかったから、離れろ離れろ」
「かわいい。あ、もう一匹子犬もいるのね」
子犬はユウくんの足元でパタパタしっぽを振って、くるくるその場で回っている。
「この親はタロー。僕が小四の時ここに来る途中の山道で拾ったんだ。
それからずっと、ここの学校で皆に飼われてる。
こっちは子どものジロー。
子どもが産まれたなんてがんばったなー、タロー」
うれしそうな顔でタローの頭を撫でるユウくんを見て、
なんだか私もうれしくなった。
犬は苦手だけど。
昔、近所にいた犬が柵越しにいつも大声で吠えててすごく怖かったイメージが、今でも残っている。
可愛いなとは思うけど、自分から触りにはいけない。
もうちょっと慣れたら、ちいさいジローちゃんから触らせてもらおうかな。




