22 魚釣り
今日の朝ごはんはナスのおみそ汁とご飯。昨日の残りの大根の煮物。
お茶を淹れながら、おばあちゃんはそうそうと思い出したように話を切り出した。
「まなみもユウも来週から学校に行けるでな。いろいろ用意しとかんと」
「学校って、北野学校? 僕、中三もう一回やり直しになるんだよね。やっぱり」
ユウくんは中学三年生の時に色々あって、途中から学校に行けていないらしい。
高校で家を出ようと思っていたから、家で勉強はしっかりしてたけどね、と言ってた。
「三浦さんと田島さんが手続きしてくれたからの。ようくお礼を言っておかんと」
学校。その言葉にはいいイメージがない。
私も行かなくてはいけないんだろうか。
また、前のように苛められるんじゃないだろうかと思うと気が重い。
よかったのうと喜んでくれているおばあちゃんにはそんなこと言えないけど。
*****
昼前はおばあちゃんと三人で畑に行った。
今日もとても良い天気だ。
昼までずっと作業して、家に戻ってお昼ごはんを食べ終わると、食器をユウくんと一緒に洗う。
「まなみちゃん、今日は一緒に釣りに行かない?」
「釣り?」
「おー、行っといで行っといで。がんばって夕飯の魚を釣って来ておくれや」
突然のお誘いにびっくりしたけど、魚釣りなんて初めてでわくわくする。
釣りの竿と網、バケツを持って、家から十分くらい歩けば大きな川に着いた。
すごく綺麗な川。
水が透き通ってて、浅いところはもちろん、ちょっと遠くの深いところでも底の石が見える。
私達が立っているこちら側は砂利で、向こう側は山になっている。
ゴツゴツと剥き出しの岩肌がすごい。
ユウくんは手際よく釣竿を組み立てて、ハイ、と私に渡してくれた。
「釣りはここがベストポイントなんだ。泳ぐならもっとあっちの方だけどね。
あ、あっちの辺りは流れも早いし岩だらけで危ないから近づいちゃ駄目だよ。
そうそう。まずは竿をこう、こうして・・」
ユウくんの言うとおりにやろうとするけどなかなか上手くいかない。
見よう見まねでなんとか川に竿の糸の先を突っ込めたからこれでいいのだろうか。
「後は待つ。ひたすら待つ。無心でね」
「ムシン?」
聞き馴れない言葉なので聞き返した。
「魚、早く来ないかなーとか考えてちゃ駄目なんだ。
何も考えずぼーっとしてると大きいのが来る。
無心、無心。仏の悟りみたいだね。
でもホント、欲張ると来ないし逃がすし、いっつも上手く行かないんだよ」
そういうもんなんだ、と思いながら、ぷかぷか漂ってる浮きを見つめる。
水面は太陽の光を反射してキラキラ輝いてる。
視線を上に向ければ、生い茂った木々の緑。
遠くに目を向けるとぐるりと囲まれるように右も左も木がずらりと並んでいる。
そして真上には澄んだ水色の空。まるで風景画か写真を見ているようだ。
「・・きれい」
「うん。本当、絶景だよね。空気も美味しいし」
ユウくんはすうっと大きく深呼吸する。
「昔から、ここの村は、僕の安らげる場所なんだ。
小さい頃は家族で来ることもあったけど、 父も母も田舎の暮らしは合わなくてさ。
不便だし汚いし、電波も悪いしつまらなくて嫌だって。
僕だけ残してすぐに帰ってた。
小学生になると、夏休みとか冬休みとか連休とか宿題持って一人でここに来て、休みの間ずっといたよ。ここでの生活が大好きでさ。
みんなで魚釣りしたり山に登ったり、川に飛び込んだり、朝から晩までずっと走り回ってた。毎日、明日はどんな遊びをしようってわくわくするんだ。
畑の手伝いも大変だけど、自分で蒔いた種から美味しいものが採れると感動するしね。
・・あ! まなみちゃん、来た来たっ!」
ユウくんが目をくわっと大きく見開いて立ち上がる。
ユウくんの竿の先がピンピンに張られて動いている。
「まなみちゃん、網取って、網!」
「は、はいっ」
ユウくんは釣り上げた魚を器用に左手で網に入れ、針から外してバケツに入れた。
魚は水の入ったバケツでバチャバチャッと勢いよく跳ねる。
「わ。冷たっ」
「あはは。あ、ほら、まなみちゃんの竿にも来てるよ」
地面に転がっている竿がピクピクと動いている。
慌てて拾い上げるけど、そこからどうしたらいいのかわからない。
「ゆ、ゆうくんっ! ど、ど、ど、どーすればっ」
「落ち着いて。ほら、竿を立てて、リールを巻いて」
「わあっ」
後ろからユウくんが支えてくれる。
引いてた竿がフッと軽くなった。
「あー、逃げちゃった」
残念・・。
「まだまだ、どんどん釣れるよ。たくさん釣って近所中に配ろう」
ユウくんは針に餌をつけて、また川に投げ入れた。私も真似してもう一度やる。
魚、さかなー、来い来い。
あ、そう思っちゃダメなんだった。無心、無心。来なくてもいいよー。
二人無言になってしばらく川の水面とにらめっこしてた。




