20 畑仕事
昼からは大きなカゴを背負って畑に行った。
途中、何人ものおばさんやおじいさん、おばあさんにすれ違う。
その度におばあちゃんは挨拶する。
「孫のユウと、連れのまなみ。二人ともうちの子になったんや。よろしくな」
おばさん達は、あらあらと次々に口を開く。
「あっらー、ユウちゃん、なんか大人っぽくなったわねえ」
「おとなしくて良い子そうじゃない、よかったわねえ」
「あら、料理もできるの? うちの子と替えて欲しいわ」
私はその勢いに押されてしまって、ぺこりと頭を下げるのが精一杯だった。
畑では、昼前の続きで鍬で土を耕す作業をしばらくした。
今日一日でもう手のひらにマメができてしまった。
持ち方が悪かったのだろうか。
それほど痛くないし、そのまま続けていたら、マメがいくつか潰れて鍬の木の柄が血だらけになった。 どうしよう。鍬をどこかで洗わないと。
私がおろおろしていると、ちょっと離れたところで作業をしていたユウくんが、「どうしたの?」 と飛んできた。
思わず右手を後ろに隠す。
「あ、鍬を洗いたいんだけど。汚してしまって」
ユウくんはちらりと鍬を見るなり、さっと私の右手を掴んだ。
「うっわ。痛そう。早くこっちおいで」
手を引かれて、畑の隅の用水路で血を洗い流してもらった。
ユウくんは回りを見渡して、 二枚葉っぱをちぎって傷口に当てて、タオルを半分に裂いて、私の手にぐるぐると巻いた。
「とりあえず応急処置。帰ったら消毒しよう」
「ごめんね、ユウくん」
「なんですぐに言わないの? 昨日もほら、これ。包丁で切ったんでしょ。
ケガしたら隠しちゃ駄目だよ。
傷はほかっておくと化膿して大変なことになるからね」
ユウくんは私の左手の中指の切り傷にも気づいていたようだ。
昨日、里芋を剥いていたら つるんとすべってちょこっと切ってしまったんだよね。
昔から傷は隠すものだと思っているから、どうしたのと聞かれても、なんでもないよと答えてしまう。
「ご、ごめんなさい」
俯く私の顔を、ユウくんの両手がそっと包む。
湧き水を触ったばかりの手はひんやりと冷たい。
くいっと顔を上げられて、ユウくんと目が合う。
「謝らなくていいよ。別に怒ってるわけじゃないから。ただ心配なだけ。
これからは、ケガしたり何かあったらすぐに僕に言ってよ?
隠さなくていいから」
「うん。ごめんね」
「ほら、またごめんねって言う」
ユウくんは困った顔で、くすりと笑う。
「あ、ごめん・・あ、じゃなくて、えっと、ありがとう、ユウくん」
「どういたしまして。さ、戻ろうか。鍬は僕に任せといて」
手を引かれて畑に戻る。
おばあちゃんも、わしも昔はよく潰れて痛い思いをした、と思い出話を聞かせてくれた。
その後は、トマトやナス、キュウリをカゴいっぱい収穫した。
採れたてのトマトをその場でかじらせてもらって、甘くて酸っぱくてすごくおいしくって驚いた。
こんなに美味しいトマトを食べたのは初めてだと言ったら、おばあちゃんはそうじゃろそうじゃろと自慢気に胸を張って笑った。
家に帰るのかと思ったら、カゴをもって他の家を次々と回って行く。
「少しじゃけど食べとくれ」とおすそ分けをすると、
向こうも「じゃ、これを持ってけー」とジャガ芋やピーマン、タマネギなんかをくれる。すごい。
おばあちゃんがまた別の家に入って行ったので、待ってる間、すっかり重たくなったカゴを降ろした。
「町だとこんなの考えられないよね。
ここの村じゃ昔から皆こうやって生活してるんだよ。
物々交換というか、お互いに違う物を作って分け合う、みたいな」
「支え合ってるのね、すごい」
「皆が家族みたいなもんだからね。
まあその分いろいろ突っ込まれちゃうから気をつけてね。
ほら、知りたがりな川本のおばちゃんが興味津々な顔でやって来たよ」
向かいの家から、お皿を持ったおばさんがズンズンこっちに歩いて来た。
「こんにちはー、これ、鬼まんじゅう作ったから、食べてね。
ユウちゃん、なんか大きくなったわー。あんたが新しく来た子ね?
可愛い子やないの」
どんどん話してくるので口を出す隙がない。
そこに、用事を済ませておばあちゃんが出て来た。
「おんや、ま。美味しそうなもんありがとうね。
これ、うちの子になった愛美。よろしくねえ。
恥ずかしがりじゃでようしゃべらんが真面目で良い子じゃて。
今日もほれ、初めての畑でマメが潰れるまで鍬持って」
「まあー。今時珍しい。いい子が来てよかったわね。
ユウくんもいい男になったわよねえ」
「ユウがまなみを連れて来たんじゃ。褒めてやらんと」
二人とも止まることなくどんどん話してる。
ユウくんを見ると、呆れたような嬉しそうな、 照れ臭そうな顔をしている。
十五分くらいしゃべって、ようやく山本のおばさんは家に戻って行った。
家はもう角を曲がればすぐだ。




