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2 迷ってるなら、やめた方がいいよ

その日の学校もいつもと同じ。

クラスの人達にとって、私はいないものとされている。

誰も私に話しかけて来ないし、目も合わない。


体育の着替えの時に、誰かが私の腕の痣を見て気持ち悪いって言ったのが、きっかけだったと思う。

私の席にプリントは回って来ないし、教科書はだいぶ前にゴミ箱に捨てられた。

先生は見て見ぬふりをしている。

目に見える暴力があるわけじゃないから問題だと思わないようだ。それどころか、煩わしいと言わんばかりの冷たい目で、私を見る。

もう、悲しいと思う心も麻痺してしまったみたいで、何をされても何も感じない。

ここでの私は空気になってしまったんだと思う。

だから誰にも見えないんだ。



あと少し、あと少しの辛抱だ。今日の学校が終わったらまたあそこに行って、

今日こそ、終わらせよう。

テスト期間が始まったから、昼前の授業で終わりだ。

ホームルームと挨拶が済むと、 私は鞄を抱えて早足に校舎を出た。 渡り廊下の下を通り抜ける時、バシャッというすごい音と頭を叩かれたような衝撃がした。

何が起きたのか分からず呆然としてしまって、水を掛けられたと理解するのに時間がかかった。

頭から水が滴っている私と、上から聞こえる 何人もの笑い声。

「あれ? 下になにかいた?」

「えー? なんにもいないよー」「あはははっ」

私は堪らなくなって、その場から走って逃げた。



道行く人達の視線が怖い。

全身ずぶ濡れのみっともない姿の私を、誰もが笑っているように思える。

私は顔を上げる事なく背中を丸めて走った。

走る振動で背中がズキズキと痛んだけど、それも次第に麻痺して感じなくなった。

人目につかないようなるべく大通りを避けて細い道を抜け、昨日のマンションに向かう。

もう私にとって救いの場所はあそこしかなかった。

あそこに行けば、もうこの苦しみから助かるのだと、息を切らしながら走った。






ようやく屋上にたどり着いた時には 足はガクガク頭はふらふら、

肩で大きくゼイゼイと息をしていた。

悩めばまた怖くなる。このまま思い切って一気に飛んでしまおう。

ふらつく足取りで柵を乗り越え、柵の外側に立つ。


「・・・」

見ないようにしても下が見える。

高い。

下からも上からも風が吹いて来る。

まるで地面に 吸い寄せられるような感覚にくらりとする。

思わず手摺りを掴む手に力がこもる。

はあはあと激しい息遣いが聞こえる。

それが自分の呼吸だと気づくと、余計に恐怖と緊張で体が固まった。




「迷ってるなら、やめた方がいいよ」

「・・っ!」


驚いて振り返ると、ドアのところに昨日の男の人がいた。


「飛び降り自殺って痛いんだよ。すっごくすっごく。

確実に死ねるとは限らないしね」


穏やかな口調ですごいことを言う。


「それにほら、あっちの方を見て。小さい子がいっぱいいるでしょ? 

今日は、ここのマンションの住人で、来月の夏祭りに向けての踊りの練習があるみたいだから。

飛び降りて救急車やパトカーが来たら、お祭りどころじゃなくなっちゃうね。

急に子どもが走ってきてもしぶつかったら、相手の方が死んじゃうこともあるそうだし」


彼の指差す方に目を向けると、母親と手をつないで歩く子どもの姿が何人か

見える。きっとしあわせそうに笑っているんだろう。

もし私のせいであの子達を傷つけるようなことがあったら・・・。

飛ぶと決めていたはずの私の心は、大きく揺らいだ。


「ね。今日はやめておきなよ。ほら、おいで」

そう言って、その人は私の方に手を差し出しす。

学校でも家でも、ずっと撥ね除けられて来た私に、この人は手を伸ばしてくれている。

その手の意味が分からずにじっと見つめてしまった。

視線を少し上げると、目の前にいる男の人と目が合う。

その人は、ふっと目を細めて笑った。

私は戸惑い、目を合わせていられずに再び視線を下げた。


「・・・じ、自分で戻れます、から」

「ん。わかった。気をつけて」


柵を越えて内側に戻ると、置いてあったカバンを渡してくれた。


「濡れたままじゃ風邪ひいちゃうよ。うち、すぐ下の階なんだ。

服を貸してあげるから、おいでよ」

「え? い、いえ。そんな・・・」

「いいから。そのままじゃ家に帰れないでしょ」


家に帰るという言葉を聞いて、体がガタガタ震えだした。

止めようと思って両腕で鞄ごと自分の体をぎゅっと抱くようにしても震えは止まらない。


「大丈夫? 顔が真っ青だよ。ほら、早く行こう」


その人はそっと私の手を引っ張って歩き出した。


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