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18 虐待の証拠

それから数日経って、私のケガもたいぶ良くなった。

毎日、朝と晩にユウくんが薬を塗って、包帯を巻き直してくれる。

本当に、そんなことまでしてもらって悪いなあと思うんだけど、背中は自分ではやれそうにない。


今日から台所に立ってもいいと言われて、 さっそく朝ごはんをおばあちゃんと一緒に作った。

出汁を取って作るおみそ汁の作り方を教わったので、ノートに記録しておいた。

ユウくんがおいしいおいしいって二杯もおみそ汁を飲んでくれて、おばあちゃんは大笑いした。




夕方、相談所の田島さんと三浦さんがまた訪ねて来てくれた。


「よく来たね。ちょうどもうすぐ夕飯だから一緒に食べて行きんさい」


おばあちゃんは笑いながらちょっと強引に二人を食卓に座らせた。

ユウくんが二人の話を聞いてくれて、 私はおばあちゃんのお手伝いしてご馳走を作ることにした。

おばあちゃんはすごくお料理上手で、 手際も良い。

「今日は畑でたぬきを見てなー」

なんて話ながらもどんどん料理はできていくからびっくりだ。

私なんて、今までご飯は作ってたけど、何品もおかずを作ったり野菜中心の料理に慣れてなくて時間がかかってしまうのに。


「まなみさん、料理はな、慣れじゃて。

わしなんかほれ、何年やっとると思っとるんや。

まなみさんもわしの齢になったら料理の達人になっとるわ。はっはっは」


陽気に笑って、私に里芋の煮転がしを一つ箸に刺して渡してくれた。

口にいれるとほかほか熱くて、あまじょっぱくてとても美味しい。

「おばあちゃん、これ、すっごくおいしい」

そう言ったらまたおばあちゃんは「そうかい、そうかい」と大きく笑った。


食卓は、里芋の煮転がしと蒟蒻の煮物、酢の物とけんちん汁、それから鳥肉だんごのお鍋。

みんなでお鍋を食べて、とても美味しくて、私はお腹いっぱいになった。

田島さんたちはまた来ますね、と言って帰って行った。





片付けを終えると、ユウくんが私を呼んだ。

「ちょっと話したいんだ。いいかな」


二人で縁側に座る。

ユウくんはちょっと伏せ目がちで、なにか言いたいんだけど、言いにくそうな、そんな感じだ。


「私のお母さんのこと、だよね? 何を言われても大丈夫だよ?」

「うん。・・・さっき聞いたんだ。母親は虐待を否定してるって」


私は耳を疑った。否定?


「自分はそんなことはしていない。娘は学校で苛めに遭っていたようだから、その傷なんじゃないかって言ったそうだよ」

「う、嘘っ!」

私は思わず叫んだ。


「そうだね。嘘をついている。

僕の母親と一緒だよ。自分が裁かれるのが嫌だから、 罪を認めないんだ。

虐待を認めさせる為に証拠がいる」


ユウくんは私の手をぎゅっと握った。


「まなみちゃん、ずっと持ってるあのノートは日記?」

「う、うん」

「いつから書いてる? お母さんに叩かれたこととか、書いてない?」

「書いてある・・・けど。けど、私が書いた日記なんか、証拠にはならないよ。

走り書きだし、汚しちゃったページもあるし、それに・・・」


手元にある日記は去年の春から書いているやつだ。

誰にも言えない痛みや苦しみを、毎日 毎日書き記していた。

今日はどこを殴られたとか、もういやだとか死にたいとか、お母さんもあの男もいなくなればいいのに、とかそんなことばかり書いてある。

とても人に見せられるようなものじゃない。


「や、やっぱりだめ。あんなの人には見せられない」

私は、彼の手をほどいて立ち上がり、背を向けた。


「だ、だって私、酷いこといっぱい書いてるもの。

お母さんもあの男の人も、クラス の友達もみんな、いなくなっちゃえばいいって。

し、死んじゃえばいいのにって。そんなこと書いてたの。

最低、でしょう? 私。・・・ひゃ?」


俯いていた顔を上げたら目の前にユウくんがいて、両手で頬をむにっと掴まれた。

突然のことに私の思考は停止した。

彼はふう、とため息をつく。呆れたような表情。


「あのね、まなみちゃん。そんなの普通のことだよ」

「・・・え?」

「嫌いな奴とか邪魔な奴はいなくなればいいなんて、みんな思ってることだよ。

ましてや自分を傷つけてくる奴らなんて、死ねばいいのにって思うのは当然だよ。

全然おかしくなんかない。僕だってあるよ」

あるの? こんな優しいユウくんでも?

普通のこと、なの?


私は体の力が抜けてその場にへたりこむ。

「私・・・、そんな酷いこと考えちゃう自分はすごくすごく悪い子なんだって。

だからぶたれて当然なんだって、そう思ってた」


あったかいもに包まれ、目の前が真っ暗になる。

ぎゅっと顔に当たるユウくんの体からどくんどくんと鼓動が聞こえる気がした。

私の心臓の音なのかもしれないけど。


「本当に悪い奴は、酷いことを考えてもそれが悪いことだって思わない奴らだよ。

まなみちゃんは、そう思った後でずっと罪悪感をもってたんでしょ? 

悪い子なわけないよ」


ユウくんは体を離して、にっこり笑う。


「まなみちゃんみたいに優しくていい子、世界中探したって他にいないよ。

あ、なんで笑うの。本気で言ってるんだよ?」

「だって、ユウくんが・・・大袈裟なんだもん」

「大袈裟じゃないってば。ホントだよ」


私は笑いが止まらなくて、二人でおでこを寄せてくすくすと笑った。

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