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17 児童相談所

私の涙が止まって落ち着くと、二人で並んで座った。


「さっき電話で父さんにも話したけど、

まなみちゃんの家のこと、きちんと解決しないといけないと思う」

「あ、親の許可なく連れ出したら誘拐になっちゃうって、本当なの?」


電話の向こうのお父さんの険しい声を思い出す。


「本当だろうね。訴えられれば事件にもなるってのも。

親は子どもを保護する責任があるから、帰って来いと言われれば子どもは嫌とは言えないんだ。だから親権を放棄してもらわないと。

とにかく、まなみちゃんが堂々とここにいられるように、児童相談所っていうところの専門家に助けてもらう必要があるんだ」

「う、うん」


ユウくんは私の手をぎゅっと握る。


「まずは電話をする。これは僕が以前お世話になったところの番号を知ってるから。で、親に虐待されてる、助けてくださいって言う。

児童相談所っていうところは、通報を受けたり相談を聞いて、虐待されている子どもがどのくらいピンチなのか、すぐにでも保護するべきなのか、様子を見るべきなのか判断して、それから親に働きかけたりする。

まなみちゃんの場合、あのまま家にいたら殺されると感じて逃げてきたってことを言うべきだね。大丈夫ですなんて絶対に言っちゃ駄目だよ。


お母さんは虐待を否定するだろうし態度をひるがえしてきたり、嘘を並べて来る

かもしれないけど、こっちはきちんと虐待があったという事実を主張するんだ」

「あ・・う、うん」


なんだかもう頭がいっぱいだ。


「電話は僕がするよ。横にいて必要なところだけ話せばいいから。

職員が会いに来てくれるから、僕に話してくれたように今までのことを全部話せばいい。

難しく考えなくていいよ。僕もいるからね」


ユウくんは私の手を握って力強く頷いた。


「大丈夫。君のお母さんが何を言って来ても絶対に負けないから。

ちゃんとここにいられるようにするからね」


頼もしい。私もコクコク頷いた。




*****


翌日の朝、ユウくんが児童相談所に電話をして、

夕方には二人のスーツ姿の男の人と女の人がやって来た。


腰を落として目線を私に合わせてにっこり笑って女の人が私に言った。

「もう大丈夫だからね」


私はすごく緊張していたけど、ユウくんがすぐそばにいたので震えたりしなかった。


「あなたが電話で話してくれた小野木君ね。どうもありがとう」

「まなみちゃんを、助けてあげてください。お願いします」

ユウくんが深く頭を下げたので、私も慌ててお辞儀をした。


ユウくんは、私と出会ってからここに来るまでの経緯を手短に話した。

私からも、いつ頃から、どんな風に虐待を受けたかを話した。

だいぶ落ち着いて話すことができたけど、話している途中、何度もお母さんの顔が頭をよぎって背中に悪寒が走り、言葉に詰まった。

その度にユウくんが手を握って何も言わずに頷いてくれて、私は深呼吸して話を続けた。


男の人、三浦さんはメモを取り、熱心に質問して来たり相槌を打ちながら私達の話を聞いてくれた。



全部の話が終わると、女の人、田島さんに身体の写真を撮らせて欲しいと言われた。こんな醜い体を撮られることに抵抗はあったけど、虐待の重要な証拠になると言われたら嫌とは言えない。


服を脱いで包帯を取って傷を曝すと、田島さんは目を大きく見開いて、ぎゅっと口を結んだ。

角度を変えて何枚かシャッターを切ってすぐに撮影は終わった。


「傷を見せるのは嫌だったでしょう? 写真なんて。本当にごめんなさいね」

田島さんは撮り終わると同時に私にバスタオルをそっとかけてくれた。


「い、いえ。だいじょうぶです」

顔を上げると、田島さんが横を向いて肩を震わせながら泣いていた。

私はすごく驚いた。


「ごめんなさいね、辛いのはあなたなのに。こんな、酷いことをされて。

許せない。 もう大丈夫だからね。もうこんな風に傷つけられることもないわ。

安心してね、まなみちゃん」


涙をハンカチで拭きながら、田島さんは私にほほ笑む。

ユウくんやおばさんにもそうなんだけど、こういう時にはどう答えればいいのか、戸惑ってしまう。

今までこんな風に人から優しくしてもらったことはなかったし、むしろ無視されたり軽蔑されて当然だったのに。

こんな私のためにたくさんの人が動いてくれて申し訳なく思えて、私はもう一度頭を下げた。





二人が帰った後、ユウくんが包帯を巻き直してくれた。

最近は先生じゃなくてユウくんが取り替えてくれている。

すっかり慣れた手つきで、するすると巻かれていく。


「まなみちゃんって、名前、美しい愛って漢字なんだね。

さっき書類に書いてるの見て、 初めて知ったよ」

「うん。ビックリするくらい相応しくない名前でしょう? 

美しい愛・・なんて」


私は思わず苦笑いした。

愛、なんて。そんなもの、私にはよく分からないのに。


包帯が巻き終わってTシャツに袖を通すと、ユウくんが私の正面に回って来てお布団の上に座った。


「何言ってるの。きれいで素敵な名前、まなみちゃんにピッタリだよ。

あ、ちなみに僕の ユウは優勝の優だよ。言ってたっけ?」

「わあ、すごい。優しいっていう漢字ね。ユウくんにぴったりの名前だ」


私は思わずパチパチと拍手した。だって、本当にその通りの名前なんだもの。

ユウくんは「なんか照れるな」って少し赤くなって頬を掻いた。



小野木 優


胸に手を当てて目を閉じて、ユウくんの名前をこころに刻んだ。


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