14 やさしいひと
話し声が聞こえる。
反射的に目が覚めて、体が緊張で強ばる。
男の人の声・・・ああ、ユウくん、だ。
ほっと体の力が抜けた。
すぐ隣の部屋で話しているようで、襖から光が漏れている。
「あんな、ヒドイ・・だったなんて・・知らなかった。
・・・僕は、ずっと・・にいたのに・・・全然、気づいてあげれなくて・・」
ところどころ聞こえないけど、何を話しているかは大体分かる。私のことだ。
「親からやられたってのか? あれを。信じられねえな」
「あんな可愛い子を・・・」
おばあちゃん、泣いているの?
私なんかのことで、泣いてくれなくても、いいのに。
ぼんやりとしていた意識がだんだんとハッキリしてくる。
「虐待されてたんだ。実の母親から。ずっと、暴力に堪えて」
「さっきもそうだろ。傷の消毒なんて大人だって泣き叫ぶほど痛いんだ。なのにあんな大きな傷を、声を殺して歯を食いしばって。痛いの一言も言わなかった。
そうしなけりゃいけねえ環境にいたってことだ。まだあんな小せえ女の子がよ。
あの背中の傷は刃物だな。英語か? なんて書いてあるんだ?」
「KILL・・殺すってこと。最低だよ、あんなの。酷すぎる。
僕と初めて会った日の、その夜にやられたって言ってた。僕は彼女に何かあるって気づいてたのに。
どうしてあの時、あの家に帰るのを止めなかったのか。すごく悔しいよ」
「ユウ、おまえ・・・」
ユウくんのあんな怒った声初めて聞いた。
まだ話は続いているみたいだけど、また頭がぼんやりしてきた。
上手く聞き取れない。
私のために、怒ってくれる。
ユウくん、ごめんね。いいんだよ。ユウくんは何も悪くない。
私なんかのために、そんな風に思わないで。
今すぐ立ち上がって、そう言いに隣の部屋に行きたいけど、
体はまだ眠ってるみたいに動こうとしない。
痛みを堪えている時に力を入れ過ぎたのか、腕や足の筋肉がパンパンになっているように感じた。
それでも、背中の痛みは昼間の時に比べるとひいているような気がする。
お医者さんってすごい。
起きたら、ユウくんと、先生と、おばあちゃんにお礼を言わなくちゃ。
・・あ、まだちゃんと挨拶もしていない。
あれこれ考えているうちに、私はまた眠りについた。
*****
「ここにいたの? ずいぶん捜したわあ」
聞き覚えのある声に、全身が震え上がる。
お、おかあさん!
「みんなに可哀想がられて、大事にしてもらえてよかったわねえ。
あたしのとこよりずっといい?」
じりじりと歩みよって来る。私はまだ、身動きが取れない。
足が、ぴくりとも動かせない。
「逃げられやしない。アンタはあたしのなんだから」
真っ赤なマニキュアが塗られた腕がすうっと私の方に伸びる。
いやっ!
「っ!」
・・・ハッと目が覚める。
薄暗い部屋。一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなる。
・・ここは、ユウくんのおばあちゃんの家。
慎重に辺りを見回す。
さっきのが夢だとわかっても、確認しないといられない。
うつ伏せになっているので少し首を上げて、反対側を向く。
「え?」
私の寝ている布団のすぐ横にもう一組布団がひかれていて、すーすーと寝息を立てるユウくんがいた。
驚いた。だけど、すぐにわかった。きっと、心配して付いていてくれてるんだと。
...やさしいひと。ありがとう、ユウくん。
落ち着いたところで、ゆっくり起き上がる。
一言で言うのは簡単だけど、体のあちこちが痛くて、起き上がるのにもだいぶ時間がかかった。
四つん這いのまま部屋の隅まで行って、 柱に寄りかかって立ち上がる。
ようやく立つことに成功して、襖の方に足を進めたら、ガン、音がした。
足元にあった何かを蹴ってしまったようだ。
「んー?・・ まなみちゃん? 起きた?」
目を擦って、隣の布団がからっぽなのを見てから、ユウくんも慌てて立ち上がった。
「そんなフラフラな身体で歩くのは危ないよ。目が覚めたら起こしてくれないと」
「あ、ご、ごめんなさい。よく寝てるみたいだったし、き、今日はいっぱい迷惑かけちゃったし・・・」
ユウくんはふうん、と言ってじーっと私を見る。
「でも、トイレ、どこにあるかわかるの?」
「え? あ。え、っと。わかんない、です」
「でしょ。ほら」
にやっと笑って私に手を差し出した。
本当に、ユウくんには、なんでもお見通しみたいだ。
手を引かれて夜中の真っ暗な廊下をゆっくりゆっくりと歩いて行く。
「まなみちゃん、もっと僕を頼ってよ。迷惑なんかじゃないからさ。
そばにいるのに一人で行かれちゃう方がさみしいよ。ね? 」
何から何まで頼っているのに、ユウくんがそんなことを言うのがおかしくて、嬉しかった。
「うん、ありがとう。ありがとう、ユウくん」
何度も何度もお礼を言う私に、
ユウくんは「うん、うん」って何度も頷き返してくれた。




