13 治療
朦朧とする意識の中、バスから降りて、またおんぶしてもらって、あっちへ曲がりこっ ちに曲がって、一軒の家にたどり着いたのがわかった。
ユウくんは息を切らして、大声でおばあちゃんを呼んでいる。
奥から出て来たおばあちゃんはとても驚いていた。当たり前だ。
ごめんなさい、おばあちゃん。
「突然、ごめん、おばあちゃん、彼女、怪我してて・・」
「さっき、てっちゃんから聞いたわ! えーから、早く横にしたげ!
布団引いたるで。
お嬢ちゃん、もうしばらくの辛抱や。今、お医者さまが来るでの」
「はい・・、すみません」
布団に寝かせてもらう前に服を脱ごうとすると、おばあちゃんが手伝ってくれた。
パーカーの背中が少し赤く染まっている。
「すごい出血じゃ。シャツも脱がすで。すぐにお医者さまに診てもらおうの」
体を支えてもらってようやく脱ぐと、おばあちゃんがひっと息を飲むのが分かり、恥ずかしく思った。
ピンクのシャツは背中が真っ赤になっていた。
血は洗っても落ちないのに。せっかく買ってもらったのに・・・。
下着のシャツ一枚でうつ伏せになると、ユウくんがバスタオルを掛けてくれた。
血で汚れると言っても、良いからと押しきられてしまう。
「痛いよね。あー、どうしてもっと早く気づかなかったんだろ。ホントごめん」
「ユウくん・・」
「なに? あ、喉乾いてない? 何か飲む?」
落ち着かない様子で布団のそばをうろうろしていたユウくんは、すぐに枕元に駆け寄って来てくれた。
「謝らないで。わ、悪いのは黙ってた私だし、迷惑掛けてごめんなさい。
あの、服も、ダメに しちゃってごめんなさい。せっかく、買ってもらったのに」
「な・・」
ユウくんが目を丸くしたのが分かった。
そこに、ドタドタと走る音が聞こえて、息を切らしたおじいさんが勢いよくふすまを開けて入って来た。
ユウくんも立ち上がる。
「山じい! ひどい出血なんだ。熱も出てて。僕、なにか、どうしたらいいっ?」
「落ち着け、ユウ。ワシが来たからにはもう大丈夫だ。トヨさん、熱い湯とタオルを用意してくれ。あとハサミな」
うつ伏せた状態で、私も声の方に顔を向けた。
白髪で髭をはやした怖そうなおじいさん。白衣を着ている。
この人がお医者さんなんだ。
「ユウ、手伝え。大丈夫か、お嬢さん」
何をするのだろうと思うと緊張した。
今まで怪我を医者に診てもらったことなどない。
「これは酷いな。どうしてこんなになるまでほおっておいたんだ。
こんな汚いタオルを当てて、膿んでしまっているじゃないか。
血が固まってくっついていたのが剥がれてまた出血したんだな。タオルを取るぞ。
まだ、くっついてる所もあるから痛いだろうが」
「はい」
ぐ、ぐ、と慎重に引き剥がされる感覚。
背中全体が麻痺しているみたいに熱くなっているので、
あまり痛みを感じずに済んだ。
「昼に満員電車で押された衝撃で傷が開いたみたい。熱はその後から出てきて。
あ、一昨日の夜の傷だって・・」
背中のタオルが取られて、ユウくんの説明していた声がハッと止まる。
・・・こんな汚い、傷だらけの体を見られてしまうのが恥ずかしい。
もういいです、と言ってこのままどこかに逃げたいくらいだ。
「タオルの汚れがかなり付いている。ばい菌や雑菌は化膿の原因になる。
熱いタオルで汚れを拭いて、膿をしぼりだしてから、消毒して、化膿止めの傷薬を塗って、清潔なガーゼを当てておく必要がある。かなり滲みるぞ、お嬢さん」
「だいじょうぶ、です」
「そうか。こればっかりはどうしてやることもできん。すまんな。
ユウ、肩を押さえていてくれ。まずは熱いタオルで汚れを落とす。いくぞ」
先生の声と共に、熱いものが背中を覆った。傷口を押し広げられるような感覚。
痛いっ。
思わず叫びそうになりぐっと唇を噛み締め、布団の端をぎゅうっと握り締めた。
「次は消毒。トヨさん、腰を押さえてやってくれ」
「は、はい。がんばるんだよ、あんた」
「はい」
背中がヒリヒリする。空気が当たっただけでも痛むようだ。
「んっ!」
次の瞬間、体が撥ねるほどの痛み。声が出そうになり、枕に顔をうずめた。
傷に塩を塗られた時のようなあの痛み。手を握り直し、全身に力を込める。
我慢、我慢。
痛くない、痛くない、痛くない、痛くない。
何も考えずにそれだけを繰り返した。
「終わったよ、まなみちゃん」
声をかけられて、目を開ける。
まだ少し心配そうな表情だけど、にっこり笑ってくれた。
ユウくんはぽんぽんと頭を撫でてくれる。
私の左手はぎゅっと彼の手を握り締めている。
いつから、繋いでくれてたんだろう。
「あ、ごめんなさ・・・」
慌てて離そうとすると、その手を両手で包んでくれた。
「少し寝るといいよ。疲れたでしょ。寝れば熱も下がるって。
お腹すいたり喉乾いたり、トイレの時も呼んで。すぐに来るから」
「うん」
そうさせてもらおう。なんだかすごく疲れたし、眠たい・・。




