12 大丈夫じゃない
「ね、ユウくんの田舎って、どんな・・とこ?」
痛みを紛らわせるために口を開く。声が震えそうになって危なかったけど。
「んー、駅からバスで山を登って十五分。山の三合目ぐらいにある小さな村だよ。
でっかい川は水もきれいで、すごく魚が捕れるんだ。古い吊り橋もある。
村には郵便局と、警察と消防の自衛団みたいなのがあって、あとお医者さんは一人しかいない。スーパーはなくてワゴン車で移動販売車が来るんだよね。
基本はみんな畑を持ってるから野菜なんかは自給自足だし。
バスで駅まで来れば、駅の近くにはでかくて新しいショッピングセンターもできたから、今じゃ村の人もそっちに行くみたいだけどね」
「きれいな川と吊り橋、・・・見てみたい」
「あ、銭湯もあるんだよ。温泉旅館みたいにでかい銭湯でさ。気持ちいいんだよ」
次々と話してくれるユウくんは、なんだかとても楽しそう。
そこが本当にいいところなんだなあと感じる。
「今お昼過ぎだから、夕方には着くよ。おばあちゃん、きっとびっくりするだろうな。去年は僕一人で突然行ったんだよ。親には友達のところに泊まるって言って、内緒でさ」
「うん・・」
どうしよう。
背中が異常なくらい熱くて、ガンガンと鐘を叩いているように痛みが響いている。
頭がぼーっとしてきた。
「どうかした? まなみちゃん。気分悪い?」
ユウくんが気づいて私の顔をのぞき込む。
「だいじょうぶ。ちょっと、疲れちゃったのかも。少し、寝てもいい、かな?」
「もちろん。頭、僕の肩に置きなよ」
ユウくんの肩に寄りかかって、目を閉じる。
大丈夫。少し寝ればきっと痛みも治まるはず。
痛くない、痛くない、痛くない、痛くない。私は呪文のように心の中で呟いた。
いつも、 痛くいときはこうやって自分に言い聞かせて我慢する。
ずっとそうやってきた。
眠ることはできなかった。
電車が動くたび、体が揺れるたび、止まっている間でさえズキズキズキズキと痛みが襲って、朦朧としてる頭を叩き起こした。
「まなみちゃん。熱があるんじゃない? 身体、すごく熱いみたい。大丈夫?」
ユウくんの声がすごく、遠くから聞こえるみたいに感じる。
「だいじょうぶ。だいじょうぶだから」
「本当? うーん、電車ももう着くし、今降りて泊まるところを探すより、おばあちゃん家でゆっくり寝た方がいいのかな・・・。
ああ、でも病院に行った方がいいかな」
病院、という言葉が聞こえて、私は首を横に振る。
「病院は、・・ダメ。病院はだめだよ。
保険証もないし、居所がバレてお母さんに見つかっちゃう。
わたし、だいじょうぶだから」
次の駅の停車案内のアナウンスと陽気なメロディが流れる。
「じゃあ、やっぱりまず家に行こう。村の山城先生に診てもらおう。
良い先生だよ」
足に力を入れて立ち上がろうとした時、
前に立つユウくんがしゃがんで私をひょいとおんぶした。
「わっ」
驚いて、降りようとするけど、ユウくんの手が私の足をがっちり抱え込んでいて降りられない。
「ユウくん、わたし、歩けるよ」
「そんなふらふらして何言ってるの。まなみちゃん軽いからへっちゃらだよ。
おばあちゃんのとこ行ったら、きっとご飯もっとたくさん食えーって言われるよ」
ふふふと笑ってユウくんはしっかりした足取りで進んで行く。
おんぶしてもらっちゃって悪いなと思うけど、目の前もぼやけていてやっぱり歩いて行けそうにない。
ユウくんの背中は、すごくすごく大きくてあったかくて、
父親ってこんな感じなのかな、なんて、
顔も名前も知らないお父さんのことを少しだけ思った。
*****
小さな駅の前のバス停からバスに乗る。乗客は私達だけだ。
「よかった、すぐに来て。一時間に一本しかないときもあるんだよ。
もうすぐだからね」
バスの座席に私を降ろしたユウくんが、あっと小さく叫んだ。
「・・背中から血が出てる! 熱、もしかして背中の傷から?
まなみちゃん、その傷、ちゃんと手当はしてあるの?」
ユウくんの眉毛が心配そうに歪む。そんな顔、しないで欲しい。
私は口元を緩めて笑って見せた。
「だいじょうぶ・・」 「大丈夫じゃない! どうしてもっと早く言わないんだ。
なんでそんなに我慢するんだよ! もう我慢なんてしなくていいのに!」
ユウくんは立ち上がり、バスの運転手に叫んだ。
「運転手さん! お願いだから、全速で飛ばして!
彼女、ケガをして熱も出てるんだ。
携帯で山城先生呼んで欲しい。すぐ来てくれって。そう・・だから・・・」
彼の声がどんどん遠くなる。
ああ、私、また迷惑かけてしまっている。
ごめんね、ごめんなさい。ごめんなさい、ユウくん。




