序章 異なる同種
ある意味鏡を見ている。彼はそう思った。
鏡と言うのは変な表現なのかもしれない、鏡とは言うが視界に映る男はよくは似ているが、よく似ていない、真反対の姿を映し出す鏡があるとすれば、そのたぐいなのかもしれなった。
非常に醜い姿に変わることはないが、非常に美麗に変わることもなく、現実として人間として受け入れさせるかのように彼は同じようにこちらを見ていた。
男の服は白いシャツ以外はネクタイまで黒いスーツにトレンチコート、中折れ帽を被り、手には黒い皮手袋を装着し、片手には彼愛用の45口径の拳銃が握られ、眼は人間とは思えない青白い光を放ち、顔の一部が血で濡れていた。
対照的に鏡を見ていると思ったこちらの服装はつなぎの迷彩服と言う軍服スタイルで、袖なしの装備持ち歩き用のベストを含め、重装備で固められ、指だし式グローブの左右の手には愛用の9mm口径のマシンピストルが握られ、眼も同様に青白い光を放っていた。
岩陰の下で薄暗く見えにくいが足元の焚火で、焚火の周囲は見えやすく、近くには先ほど彼が撃ち殺した少女の遺体が横たわり、頭部から血を垂れ流し始めていた。
少女は先ほどまで確かに生きていたが、銃弾に頭を貫かれ、条件反射か何かか、身体が少しだけだが動いていた。
人間の常識や道徳などしょせんは圧倒的大多数によって設けられた強引な規則であり、無法地帯化した世界や国にでは通用せず、弱肉強食の世界へと変わり果ててしまう。
「……」
「あっ?!
おい?!」
撃ち殺した後少しの間お互いに目を合わせていたが、先に動き出したのは鏡のほうで、いつまでもこうしているのは面倒だと言うかのように銃をしまい、無視するように歩き出した。
「待てよ?!」
彼とはある意味仲間だ。
共通点を持ち、ともに戦い、数えきれない記憶を共有し、より協力し合える仲間となったと彼思っていた。
「?!」
銃をしまいながら彼は声をかけ、眼の光を消したが、向けられたのは先ほどと男の先ほどと同じ光と、銃口だった。
お互いに銃を構えたならば鏡を見たかのような姿勢となる。
彼は左利きで、対照的に右利きで、銃も彼が45口径でライトとレーザーサイトを装備しているが、手に握られた9mmのマシンピストルは無改造で2丁持ちだった
性別は同じだが、紳士的な外見だが暴力的で、暴力的な外見だが、紳士的に見え、全く正反対の人間像だった。
「……」
「……俺たちの立場を忘れるな。」
何事かと思い見ていると、怒っているのか押し殺したような声で彼は言った。
「―――敵でも味方でもなく、正義でも悪でもない、俺たちはまだ犬を被り続ける必要がある。」
「解っているが、これは……?」
「……命令は処分だ。保護じゃない。」
銃を突き付けられ、冷淡な言葉を続ける彼に対して言い返すが、言葉も出ないと言うような感覚で返すと、もっともだと言うように簡単に返した。
「―――っ」
「お前な?」
「うぁ?!」
限度があると言いたいが、言っても無駄だと言うような視線を向けられ、目を反らす中で勢い良く首をつかまれ、近くの壁に叩きつけられた。
「う、ぐ、うぅ、あぅ……」
「―――力をうまく解放しろ、解るはずだ。苦しくなくなる。何も感じなくなる。脱出し、俺の背後に回れるはずだ。」
壁に叩きつけられ、少しずつ持ち上げられ、足が宙に浮き苦しむ中で、彼のほうは銃を腰の後ろにしまい、腰から刃渡り30Cm以上はあると思われるナイフを首に向けていた。
「感情を統御しろ、苦痛を取り払え、身体を武器へと変えろ、俺たちは殺戮機械だ。」
「……」
「―――運命も必然も、未来も、何もかもあきらめるのか?」
刃が首筋に傷をつける寸前まで触れさせる中で抵抗するが、冷静な言葉が聞こえるだけで対処はまるでできていなかった。
「……」
「うぁっ?!」
「……すまない。」
不意に首をつかまれていた手が首から離れ、勢い良く落下する中で彼は謝り、刃を腰へとおさめた。
変わった収納方式で、刃と持ち手を逆さにしていた。
「まだ、時が満ちていない―――――」
ナイフを腰へとしますと軽く空を見上げ、彼はどこへ行くのか背を向けて歩き出した。
「お、おい、や―――」
「犬を被り続けるんだ。時が満ちた時、安全神話を信じる使徒どもに審判の日よりも恐ろしい眼に合わせてやる。」
彼が声をかけるが、男は返事も返さず独白を続けた。
「―――蛇を信じろ、神を疑え。裁きを待ち時が来れば足を出せ。」
最後の言葉だと言うかのように男は腰のポケットに手を入れて歩き出し、彼が見えない場所へと消えて行こうとした。
「―――俺たちは、たとえ世界を超えても親友だ!」
消え去ろうとしている中で、彼は勢い良く男に向かって叫んだ。
「仲間だ!」
「―――――当然だ。」
姿が見えなくなる寸前、彼はもう一度叫ぶと、男は立ち止まったのか足音が止まり、彼に対してか少し悲しいような物言いで言葉を返した。
先ほどの殺意にあふれたような物言いとは少々違い、男の物言いは慣れ親しんだともに対し普通に話しかけるような物言いで、彼は言葉を聞き終える中で何とか大丈夫だと言うかのように立ち上がった。
いつの間にか焚火の炎は消え、彼以外の人の気配なく、少女の死体は動かず、空は夜が明け、日の出の太陽が彼の身体を明るく照らしていた。