幸福のお守り
とても青く透き通っていて、雲ひとつない空。
小学二年生の春、私は幼馴染の功希君と一緒に、家の近くにある公園に行った。
その公園には、小さな山と休憩できるようなベンチ、それに一つのブランコしかない、小さな小さな公園だったが、私はとても大好きだった。
「ねぇ! 四つ葉のクローバーを探そうよ!」
私は功希君に話しかける。
「四つ葉のクローバー? なんで?」
不思議そうな顔をして聞いてくる功希君を気にせず、私は手を引っ張っていく。
「四つ葉のクローバーはね、見つけるといい事があるんだよ! 私たちがずっと仲良しでいられるように、探そう!」
そう言って、功希君と私は四つ葉のクローバーを探し始めた。
気が付いたら、太陽は沈み始めて、辺りは暗くなっていた。
「もう家に帰らないと、お母さんたちに怒られるよ。帰ろう」
功希君が悲しそうに言った。クローバーは見つからず、もう諦めかけていたころ、
「あった! あったよ!」
公園のすみに、少し大きめの四つ葉のクローバーを私は見つけた。キラキラと光っているように見える。私は手招きして、功希君を呼ぶ。
「ほら! でも、一つだね……」
「そうだね。奈々ちゃんにあげるよ。俺は要らないから」
私に譲ると功希君は言ってくれた。
子供の時は、男女関係なく「○○君」「○○ちゃん」と呼べる。
「そんな事ないよ! ほら、見てて!!」
私は四つ葉のクローバーを摘み、持っていた紙とセロハンテープをリュックから出した。見つけたら、こうしようと思っていたんだ。
「何してるの?」
功希君はじっくりと私を見る。
「ちょっと待っててね……」
四つ葉のクローバーをセロハンテープで紙に貼って、しおりみたいにした。そして、リュックの中から注意深くハサミをとりだして、半分に切った。
「はい! これは、お守りなんだよ!」
功希君に、渡す。
「あ、ありがとう」
照れくさそうに受け取った功希君の顔は、とても可愛かった。
「こうやってつなげるとね、ずぅーーっと仲良しでいられるって証拠なんだよ!! 絶対、ずっと持っていようね!」
「うん! 分かった!」
私たちはクローバーをつなげながら、たくさん笑った。
――ガタっ!!
「!?」
大きな音がして、驚いた。
「ちょっと奈々、何やっているのよ」
隣の席の子が、私に声をかけた。周りの子は、私を見てくすくすと笑っている。
なにがなんだか分からず、私はぐるっと辺りを見回してみた。前には黒板がある。机の上には教科書……やっと意識がはっきりしてきた。
昔のことを思い出していたら、授業中なのにそのまま寝ちゃったのか。じゃあ、頬杖をしていた私の腕が机からずり落ちたのが今の大きな音……。
少し赤くなっている肘をなでる。
先生にも見つかって、放課後呼び出されて叱られた。
「では河井さん、今後から気をつけて下さいね」
「はい」
運よく、あまり恐くない先生だったが、お話が人一倍大好きな先生だった。
「でも、先生も昔の頃ね……」
「あ……はい」
と始まり、三十分近く昔の話に付き合わされた。お説教は、おまけみたいなものだった。
学校に残ったせいで、帰りは一人だった。一本の長い路地を歩くと、長い影が私の前を歩いた。少しずつ自分の後ろにある太陽がしずみ始めている。太陽は、朝よりも真っ赤になっていた。反対の方向では、もう月が準備を始めている。
「そう言えば、功希は今何しているのかな……」
気づけば中学二年生の春。家も近いのに、功希には一年近く会っていない。それには理由がある。小学校の高学年になるにつれあまり話さなくなり、中学校になるとクラスがものすごく離れてしまった。行きも帰りも、功希は部活をやっているので時間が全く違う。
「一組と七組じゃ会わないよねぇ……」
急に一組の自分に腹が立ってきた。功希のこと、好きだからってね。はぁ……。
「どうせ遅くなるんだから、あの公園に行ってみようかな」
そう言うと同時に、足が公園の方へと進んでいた。自然と、持っていたスクールバックを左右に振り、鼻歌がこぼれていた。久しぶりに行くから、楽しみなんだと自分でも分かっていた。
公園の入口に、二つの石が横に並び合っている。ここにいっつも座って話していたっけ。
「もしかして、あの日以来かな……?」
目の前に広がっている小さな小さな公園を、私は見つめた。
小さい頃はそうでもないと思っていた公園も、大きくなると本当に小さいと思った。功希と一緒に登って探したあの山は、少しは高いが、大股で十歩くらい歩いたら頂上に着く大きさだった。
「久しぶりだなぁ……」
私は山の上に登り――登ると言うより坂を上がるという感じだった。そして、持っていた荷物を投げだし、私は山に寝ころんだ。風が気持ちいい。このまま寝ちゃってもいいな。
「気持ちいいなぁ!」
両手を大きく伸ばす。
「そう言えば、これ……」
肌身離さず、毎日持ち歩いていたお守りを眺める。
「もう、忘れてるよね……」
何故か、涙が出そうになった。結局、自分の気持ちなんて伝えられないんだ……そう思うと、もっと胸がキュッとしまった。あの日、なんで素直に「好き」って言えなかったんだろう。小学生だったなら、ちょっとした拍子にでも言えたのに。やっぱり、恥ずかしかったんだなぁ……
色々と思いだしていたら、誰かが公園に入ってきた。
「おぉ、奈々じゃん。何やってんの?」
私の顔を覗き込んだのは、功希だった。
「な、功希!? なんでここに!?」
私はとっさに、クローバーを隠してしまった。と、同時に、泣きそうになっていた目を手でふく。
「部活の帰りだよ。奈々こそ、ここで何やってんだ? 帰宅部のくせに、まだ家に帰っていないなんて」
――なんて言おう……
「あ、あのね、ちょっと掃除が長引いちゃって……さ」
ものすごく無理のある弁解をした。三十分以上もかかる掃除なんて、大掃除くらいなのに。功希はニヤッと笑って、
「ははーーん。その顔はウソついてるな。ま、奈々の事だし、居眠りでもして先生に残された……そんなところか?」
「う……」
見事に当てられた私は何も言い返せなかった。
「図星か。昔と変わってないなーー。俺も寝よ」
と言って、私の横にごろんと寝ころんだ。
「うーーん! 気持ちいい!! ……久しぶりだな。ここに二人でいるの」
功希は、懐かしそうに私に言った。
「そうだね。最後に来たのって……」
「あの日だろ? 小二の時」
――覚えてくれてたんだ。
私は、とっても嬉しかった。
「うん」
と、言ったきり、会話が止まってしまった。しばらくの間、風だけが二人の間を通っていく。
――今、誰もいない……?
ずっと、ずっと前からしたかった『告白』という文字が頭の中をよぎる。でも、一年間も話していなかった相手にいきなりそんな事言っても失礼だと思い、口が開かない。そもそも、なんて言おうか考えてなんかいない。こんな状況になるとは思わなかったから。
「……四つ葉のクローバー」
不意に、功希が私に声をかけた。
「え?」
「俺は、忘れていない。ほら」
功希は、空に向かってお守りをつきだして、私に見せた。
心が、一気に熱くなった。
「ずっと……持っていてくれたんだね……」
口から、ポツリポツリと声が出た。
「ここで、約束したろ」
功希の顔は、少し赤くなっていた。
「有難う……」
自然と、隠していた手を功希と同じく空に向かってかかげる。
二人で持っていたクローバーは、つながって一つの『お守り』になった。
――きっと、私の顔も赤いんだろうな。
「ずっと、仲良くしてくれるよね?」
私は、思い切って功希に聞いた。声が少し震えているのが自分でも分かった。
「……バカ」
功希は、そっぽを向いた。
「え?」
「俺は、俺はな…………あぁ、もう恥ずかしい! あの日から好きだったんだよ! 奈々のことが!」
――好きだったんだよ!
その言葉だけが、頭の中をグルグルと回った。功希は、顔を私の方に向き返した。答えを待っているのだろう。
今、私が言えることは一つだけなんだ。
私は、横を向いて功希を見つめた。
「私も……大好きだよ!!」
今まででないくらいの、とびっきりの笑顔を功希に見せた。
読んで頂き、有難うございました!
ありがちな話ですが、あえてそこを書きたかったのです。
感想、意見、指摘など待っていますm(_ _)m