3.ウインクのはじまり
「それでは第一区画の生徒は移動して下さい」
千七百人程度の生徒が移動を開始する。ルールを参考にすれば、各区画、『主犯者』は百人、『共犯者』は二百三十人強、『一般市民』は千三百三十人強。単純に考えれば偶然誰かに出くわした場合、『主犯者』である確立は七パーセントちょっとで、『共犯者』である確立は十七パーセント程度。合わせたら二十五パーセントくらいね。つまり四人に一人に殺される可能性があるってこと……。
なんで私が弱者の立場なのよ!!……なんてこと言ってても仕方ないし。恐らく今回の『一般市民』のポイントになるのは、
情報。
潜伏したり尾行したりして、自分で情報を収集するのは当たり前だけど、『告訴』における被告、原告の役割の特定、更にはその膨大な情報の整理。
予想はしてたけど、完全に一人での行動じゃ厳しいかも……。『主犯者』、『共犯者』は成績を争う相手じゃない……けれど、『一般市民』は彼らにとってはさしずめ獲物ってとこかしら……協力を望むのは厳しい…?
だからといって、今回のルールだと同じ役割の人は敵。
……いや?……そっか。逆を言えば、『主犯者』、『共犯者』は直接的な敵じゃない。つまり、『主犯者』か『共犯者』と利害関係を一致させて味方に引き込む。これが理想的…。じゃあ、どうやって利害関係を一致させる……?交渉?でも、どうやって……?
『主犯者』。多分このゲームで一番強い立場。どうしよう、寄りによって、イベントに執着がない僕が…。…………勝っちゃう?
『主犯者』の勝ち方なんてシンプル。『告訴』以外じゃ殺されないんだから、積極的にウインクをしていけばいいだけ。
気をつけないといけないことは二つ。
一つはウインクしてる現場を見られないこと。ウインクを見られても『主犯者』なのか『共犯者』なのかは、『告訴』の結果を見ないと分からないけど、結果から分かるなら避ける。『主犯者』の場合ゲームオーバーするとポイントは0。安全策をとらないと。
二つ目はウインクされないこと。ウインクされて死なない=『主犯者』の図式が成り立っちゃうし。これは一番避けないとダメ。
出来る限り一人になっているところを狙う。…いい方法、思いついた。
とはいっても、気をつけても見られない保証はない。ウインクされない保証もない。
なら、リスクを減らさないと……。
いきなりのイベント。はしゃがずにはいられないわ。『共犯者』。俺にとって一番おいしいポジションだと言わざるを得ない。
正攻法なら、ウインクをされずにウインクをする。死なない奴らは、タイミングを見計らって『告訴』、もしくは放っておくのもアリ。
だけど、それじゃ面白くないよな。もっとおいしいやり方がある。
『主犯者』を脅かすのは『一般市民』と『共犯者』。
『一般市民』を脅かすのは『主犯者』と『共犯者』。
『共犯者』は、『主犯者』と『共犯者』が危険。
つまり、『共犯者』にとって『一般市民』は抵抗の術のない、完全な弱者ってこと。だから、普通は『一般市民』を狩る。普通は。
だからこそ、『一般市民』を味方につけるしかないだろう。ウインクで殺したポイントより、『告訴』で『主犯者』をゲームオーバーにした方がポイントも高い。難易度的に『告訴』のポイントはかなり高いに違いない。『一般市民』にとっても、完全に優位な立場の敵を味方につけられることはおいしい。
これでいこう。大丈夫だ、話術には自信がある。
地鳴りするかのような鐘の音が、十二時の到来を告げる。
ゲーム開始である。
「松岡仁と村中涼子は主犯者!!現場を目撃したよ!!」
リスクを減らす。『主犯者』ならそれは嘘の情報操作。『一般市民』と『共犯者』の疑心を煽れるだけ煽る。ポイント稼ぎは後からで十分。大きな声出すのは嫌いだけど、しょうがない。
「田中学と吉原美沙もウインクキラーだ!!」
意図が他の『主犯者』に伝わったのか、同じことを考えてたのかは知らないけど、これで波状に広がる。
とりあえず、三十分以内に一人はウインクしとかないと。面倒くさい。
「松岡仁と村中涼子は主犯者!!現場を目撃したよ!!」
開始五分。絶対する奴がいるとは思ってたが、案外行動が早いな。なんにせよ、大勢が疑心暗鬼になってくれるなら、俺的にはありがたい。まぁ、どっちにしろやることは決まってるけどな。
おっ、お誂え向きの挙動不審な女の子がいるじゃない。『主犯者』に遭遇するリスクは序盤ほど低い。開始すぐなら七パーセント。善は急げだな。
「ねぇねぇ、橋口さん?」
名前を呼ばれた女の子は体を硬直させ、顔を逸らしたまま振り返る。
「なっ、何で名前知ってるんですか…?」
POTで名前が確認出来ることに気付いていない。カモだな。
「橋口さん、一般市民でしょ」
「なっ、しっ、教えるわけないじゃないですか!そんなこと!」
焦ってる焦ってる。『一般市民』は四人に三人。ハッタリはかますに限るな。
「気を付けないと、バレるよ?そんなあからさまな動きしてたら」
本当に分かると楽なんだけどなぁ。
「……何で私の名前を知ってるのか教えてください」
「いいこと教えてあげようか。POT開いてごらん?近くの人、すれ違った人が検索出来るんだよ」
言われるままにPOTを開いて、納得したような顔をする。相手を引き込むには、好意的な行為をしてみせるのが鉄則。
「俺さ、共犯者なんだよね。橋口さんが目を合わせてくれたら、すぐにでもウインクできる立場なの。じゃあ、なんで今有益な情報を教えてあげたと思う?」
『主犯者』の可能性もあるから、話しかけている間中、俺は目線を逸らす。このゴーグルは内側にもカメラがついていて、ウインクされたのに気付いてない振りをした時の物的証拠になるようだ。
「…………何が目的なんですか?」
「橋口さん、このゲーム勝ちたくない?」
「そりゃ、勝ちたいですけど…」
「じゃあさ、俺と協力しようよ」
「えっ?」
間髪入れずにまくし立てる。
「俺はこのゲームに勝つ能力があると自負してるし、勝てる自信もある。だけど、それは一般市民の協力者があっての算段なわけ。俺に協力して主犯者を告訴して、二人で勝ち上がる気はない?」
強気に言うことで、弱気な相手に自分の方が立場が上だと思い込ませる。
「えっ、いや、あの」
「嫌かぁ…なら仕方ないね。じゃあ、俺は他の一般市民と勝ち抜いていくよ。ここであったのも何かの縁だし、橋口さんも頑張ってね」
相手に考える暇を与えないのも重要。言い残して振り返り、歩き出そうとする。
「まっ、待って下さい!」
「待たないよ、時間が惜しいもん。早く他の協力的な一般市民を探さないと」
「きょっ、協力しますから!!」
一丁上がり。
「松岡仁と村中涼子は主犯者!!現場を目撃したよ!!」
厄介なことになっちゃった……。そうよね、私が『主犯者』だとしたら同じ事するわ。このままだと、一般市民同士で情報を共有するのもかなり厳しいかしら…。
これじゃ、本格的に『主犯者』か『共犯者』を味方につけるしかないじゃない。
そうだ。ブラフだ。私が『一般市民』だって分かってるのは私だけ。ってことは、私は『共犯者』になればいいんだ。『共犯者』になったとしたら……そっか、『一般市民』を味方につければいいんだ。だとしても、どうやって……?『一般市民』は四人に三人。二十五パーセントの確立でゲームオーバーになんてなりたくない。だとしたら、交渉に有利になる以外ない。ウインク現場を見る以外ないんだ。その一人さえ交渉の素材に出来れば、『共犯者』も味方につけられるかもしれない。それしかない。まずは、人の少ない所に隠れるしか……あれ?でもウインクした人が『主犯者』とは限らないじゃない……どうしよう、どうしよう、どうしよう。頭が全然回ってない。深呼吸よ、深呼吸。
?!あれ……明らか狙ってない?いけ!そこのいかにもなよなよした男!男ならウインクしなさいよ!あっ男の目線追えなくなっちゃった!……見えた!しかもウインクした!!これであの女の子はアウトね。あの男、棚村裕也ね。よし、メモメモ。ラッキーだ。アウトになった女の子は谷下由美さんね。オーケー。勝てる気がしてきた。
楽しいウインクキラーは続く、続く。