Final
「………」
手に持ったライターを元あった場所に捨てると立ち上がってその場から傘をさしたままで走り始めた。
走ると風の抵抗で走り辛くなるのに、重たいゴミ袋を持っていると走り辛くなるのに
走るスピードは徐々に速くなっていった。
『おいっ、クラゲ!』
クラゲが走っていった道を一気に走りきり火事の現場に到着すると、野次馬達をかき分けて彼女の後姿を捜す。
だが、人が多すぎて誰が誰だか分からない。ましてや真夜中。余計に分かりづらい状況だった。
『アイツ…』
その時だった。
『今の見たか?女の子火の中に飛び込んだぞ?』
『家族か何かかな?』
『!?』
野次馬の間から女の子が火の中に飛び込んだ、と言うワードがあちこち飛び火し話題になっていた。
『やっぱり…チクショー!』
その言葉を聞くと急いで野次馬の間をすり抜けて警官の壁の壁にまで到着すると家の方に足を進めようとする。
ところがすぐ目の前に立っている警官に進路を邪魔される。
『危ない!』
『友だちが中にいるんだよ!』
『止めなさい!』
放水をしている消防士達は灼熱の建物の中に入ろうとしているが中々入れそうに無い。
立ち込める真っ黒な炎と、鼻を突く油の臭い。パチパチ音を鳴らす木の柱。もう絶望的な光景だ。
ところが…、
『!??』
野次馬や警官たち、消防士もちろん俺も…。
その時、その現場で起こったあまりにも不思議な光景に唖然とした。
赤々とした炎が、大きな水の玉で包まれてゆく―。
ほんの一瞬だけの光景
5秒と満たない時間がこの時は、何時間にも感じた位だった。高い火柱が透明な水によって打ち消されてゆく…。
その大きな水の玉が弾けると、一気に地面に水が叩き付けられ赤い炎は1秒足らずで消えた。
水玉が弾けた後に残った沈黙は消防士達の掛け声と救急車のサイレンによって破られた。
『………』
拳を強く握り締めた。爪が掌に食い込んで血が出るくらいに。
親父やその家族は火傷と軽い一酸化炭素中毒こそ負ったものの大した傷はそれ以外無かった。
クラゲは、火の中に消えて蒸発したんだ。まるで最初からいなかったみたいに。
服すら残らなかった。
残ったのは、彼女が救った、たった3人の命。しかも俺が憎んでいる3人。
そして、彼女がいなくなった後、俺は警察に自首し、東京都第一少年院に収監された。
「あっ、晴れた」
雲の切れ間から太陽の白い光が差し込んでき雨が止んだ。雨が止んだのを見て傘を閉じて腕にかけて、
腕時計のさす時間を確認する。
10時45分。
「そろそろ、戻るか…」
だが、クラゲは死んだわけじゃないと、俺は今でも信じている。
水は蒸発すると雲になって、その雲が重くなると雨になると小学校の時に教えて貰ったからだ。
だから、俺は収監されてからずっと雨が降る日を数えている。梅雨の時期なんか毎日雨を眺めている。
だが、クラゲはまだ姿を現してはくれない―。
少年院のグラウンドに戻るともう既に何人かはグラウンドの乾いたベンチでご褒美のアイスを舐めていた。
その中に憲次も混ざっていた。
「ゴミ拾いお疲れ様」
「早いな」
「まぁな、大変だった。アイスとって来るよ。一緒に食おう。折角雨止んだんだし」
「おうっ」
『今年の梅雨も今日限りになる模様で、明日からは快晴になる日が続くでしょう』
「お待たせ」
「サンキュー」
『溜まっていた洗濯物も気持ちよく干せるでしょう』
「あっ、これチョコアイス…、苦手なんだよなぁ」
「そうなのか?じゃあ変えようか?」
「………」
『これは、アイスって言うんだよ?』
『あ…しゅ?』
『こうやってかぶり付くんだ』
アイスを食べる見本を見せると、目の前にいる少女も真似するようにアイスにかぶり付いた。
「おっ!?そんな一気に食ったら」
「…痛ぇぇ」
『どう?頭痛いでしょ?』
そう言うと、目の前にいる女の子はこめかみを押さえながら首を大きく縦に振った―。
『では、明日以降の天気をお送りします。明日の予想最高気温は34度で、予想最低気温は25度。
降水確率は0%から10%がほとんどとなるでしょう―』
「クラゲの女」 END




