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9時56分。
大分歩いてやっと一時間が経った。ゴミ袋の方はといえば大分重たくなっていたがそれでもまだ入りそうだ。
あちこち見渡しても、もうそんなに大きなゴミは落ちてはいなかった。
その代わり小さなゴミはたくさん落ちている…捨てられている。
タバコのチビになった吸い殻たち。自販機の横のゴミ箱に入れられる事のなかった空き缶やペットボトル。
そして、壊れて空になったプラスチック製の100円ライター。
「………」
しゃがみ込んで、その100円ライターを手にとってゴミ袋に入れようとするが、
記憶の片隅に閉まってあったあの赤い火が横切る。黒焦げになっていく木造の家。
「………」
俺が起こした犯罪。殺してしまい見捨ててしまった1人の命。
3年前。
俺は親父の住所を偶然、母の部屋から発見した。最初は話を聞きたかっただけであった。
何故、自分や母を置いていったのか。それだけが気がかりで俺は住所を元に親父の住んでいる家を探し、
歩き回った。
そして、やっとの思いで親父の家にたどり着いたが、そこで見たのは信じたくない光景だった。
『えっ?』
別の女と自分より年下の子ども。
自分の中の親父への好奇心は、憎しみに変わるのに時間はそう掛からなかった。
自分と母を捨ててから再婚して、新しい子どもまで儲けていたのだ。
許せなかった…。
そうだ、燃えて無くなればいいんだ…。燃えて炭になればいいんだ。あんな奴も…あんな家族も。
『おやすみ、クラゲ』
パジャマに着替えたクラゲに声を掛けると彼女は、頷いておやすみと返してくれた。
『俊吾も早く寝なよ』
『分かってるよ。だから母さんも』
『はいはいっ』
………。
あんなの消えてくれれば俺はそれで良い。どんな罪だって受けてやるさ。
玄関のノブに手をかけて『いってきます』を言わずにそっと真っ暗な蒸し暑い街に飛び出した。
その後に、誰かが起きたなんて知らずに。
『す…ん…ぎょ?』
俺は、母と自分を捨てたクソッたれな親父を焼き殺そうとした。親父の住む借家に灯油を撒き散らして
100円ライターで火をつけた。
瞬く間に赤い火は家中を包み親父は周りから火に襲われる恐怖に声を荒げていた。
その傍で、親父の新しい女房と子どもが泣き喚いている。
俺は野次馬の間に紛れて、様々な野次馬達が唖然とした表情を浮かべている中、自分だけ、にやけていた。
『ざまぁ見ろ』
それだけ呟くと、野次馬の間をすり抜けて少し距離を置いた場所から真っ暗な夜の空に浮かぶ赤々とした光を、
ジーッと見つめる。
『ん?』
後ろから走ってくる足音が聞こえてくる。また新しい野次馬だろうか?振り向くとそこで立っていたのは…、
『くっ、クラゲ…』
クラゲだった。ちゃんとパジャマから普段着に着替えてきていた。
ハァハァと大きく息を切らし膝を掌で押さえていかにも疲れているポーズを見せている。
『どっどうしたんだよ?』
彼女に尋ねると、クラゲは俺の胸倉を掴んで涙目で首と長い髪の毛を大きく横に振って訴えかける。
『…知っていたのか?俺が…親父を殺そうとしていたの…』
核心を問うと、彼女は俺の胸倉からそっと手を離してうな垂れながら俺の目の前で立ち尽くす。
クラゲ自慢の白色に近い水色の髪の毛も整った顔も真っ暗でよく見えない。
『クラゲ…』
彼女の肩に手を載せようとすると、彼女は肩から俺の手を振り払って俺が来た道とは逆の方向に走り始めた。
『クラゲェ!』
置いてけぼりになった俺はクラゲが行った道を見つめる。その先には先程俺が火を点けた家…。
『あいつまさか…』
まさかであって欲しい。
すぐにクラゲが走って行った方に、全速力で走り始めた―。




