B
午前9時。
「じゃあ、後でなぁ」
「おぅ」
朝9時のチャイムを皮切りに入所している16歳未満の少年・少女達が用意されたジャージを身にまとって、
次から次へトングとゴミ袋を手に取り個室とは比べ物にならない位に大きい街に飛び出してゆく。
自分はと言えば、憲次が向かった北とは反対方向の南に向かって歩き始める。
憲次が取ってくれた傘を右腕に引っ掛けて。
電線が縦横無尽に張り巡らされた都会を見るのは1ヶ月ぶりだ。道行く人は各々おしゃれな服装をしている中、
自分のジャージにゴミ袋・トングの姿が浮いて見えてきた。恥ずかしい限りだ。
「おっ、ペットボトルは…、リサイクルっと」
早速見つけたゴミ第一号は、ミネラルウォーターの空きペットボトル。それを袋に適当に放り込むと、
ゴミ探しの為に再び街には似合わないジャージ姿で歩き始める。
『これはペットボトルって言うんだよ。分かる?』
ペットボトルに興味を示した少女は首を横に大きく振ると、手に持っているペットボトルを上下に振った。
『ねぇ…クラ―』
「あっ」
憲次の言った通りにどんよりと分厚い灰色の雲から大粒の雨が降り始める。
辺りでは傘を持って来なかった可哀相な人たちがコンビニやシャッターが閉まった店のテントに、
避難し始める中、傘を持っている自分が嬉しく感じた。優越感とはこう言う事なのだろうか?
ジャンプ傘のスイッチを押して勢いよく開いた傘の中に入って、ゴミを探す為に辺りを見回しながら自分は歩く。
どんよりと重たげな雲が空を支配していた日に彼女とであった。忘れた事なんて一度だってない。
いやっ、忘れらない。
『あっ!もうこんな時間だぜ』
『えぇ、こんなんじゃ母さんが心配しているよー』
『今日は、ここで終わりとするかぁ…』
3年前。
『じゃあなぁ!』
その日、小学校時代の友人2人と俺は日が暮れるまで遊んだ。小学生最後の遊びだったからだ。
次の日には中学校に上がり当然友人2人と会えるが、小学生として締めたかったのだ。正に子どもの思考。
俺の家族は母が1人だけ。親父は俺が小さい盛りに母と離婚して俺は母に引き取られた。
『よっと、近道っと』
放置自転車や何か良く分からないゴミが溜まる細長い路地裏を抜けると今度は大きな車道に飛び出す。
『おっと!』
車に轢かれそうになりすぐに歩道に避難して家路を急ぐ。歩道を歩いていた通行人からは唖然とした目で
見つめられたが、気にしていられない。家まであと何百メートルもあるし、もう近道はない。
結局さっきの遊びの分と、車に轢かれそうになった疲れがどっと足に圧し掛かって止まる始末だ。
挙句の果ては…、
『あっ、雨だぁ。…もぅ最悪だなぁ』
傘をさしてゴミ探しの旅はまだ続いている。ところがこんな時に限って街と言うのはきれいな物なのである。
ゴミ袋の中には、先程拾ったペットボトル以外にはコンビニのビニール袋やスナック菓子の空き箱が数個。
「んっ」
同じ少年院のジャージを着た男子を見つける。彼の持つゴミ袋には大量のゴミが入っている。
これで、街がきれいな訳がよく分かった。
「頑張ってるな」
「おうよっ」
彼に軽く声を掛けると「ここはダメだな」と察して別の方向に向かってゴミを求めて足を運ぶ。
ちなみに現在は9時26分。まだ30分も経っていないのに驚きを感じるがつまらない事に関しては時間は長い。
「おっと、赤か」
突き当たった赤信号でちゃんとルールを守って立ち止まり、青信号になるのを待つ。
『ダメだよ、赤は止まるんだ』
途端に隣で立っている少女はへぇと声には出さなかったが表情で表した。
『で青が進む。ほら青だ』
「とお~りゃんせ、とお~りゃんせ、ここはど~この細道じゃ?天神様の細道じゃ」
横断歩道の白の線だけを狙ってジャンプして赤信号の前で止まっている様々な種類の自動車の目の前を通る。
信号機の音楽は、微妙な所で切れて青色の電気は点滅してやがて赤信号に切り替わった。




