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A

東京都第一少年院・梅雨。


『佃 俊吾』


梅雨の蒸し暑くジメッとした空気が、もう何日も続いている。残念な事にこのクソ古い少年院の部屋に、

エアコンなんて便利なものは存在しない。あるとしても空気を循環させるだけの古びた換気扇か扇風機のみ。

「んんぅ~」

約5畳の小さな個室。薄い布団が1枚。こんな蒸し暑い日にぐっすり眠れる薬があるとしたらいくらでも払う。

かさごそと布団と寝巻きの擦れる音が自然と耳に入る。

「うわぁぁっ、暑い!」

あまりに暑すぎて布団から起き上がってタイマーが切れた扇風機のスイッチを『強』にして汗で蒸れたTシャツを

めくって腹を冷やす。ついでに汗でびしょ濡れの布団も扇風機で冷やして寝る体制を整えようとする。

「…今日で確か、6日。ここ入ってから284日目か…」

外は大雨。風もぴゅーぴゅー、悲鳴を上げて寝るのを妨げようとする。

「やっぱり、今日もダメかな?」

それだけつぶやくと冷えた布団で再び寝転がってコンクリートむき出しの天井を見つめる。



『7時です。点呼を取ります』

ここの朝は正に杓子定規。毎朝同じ時刻に機械で合成された放送によって不愉快に起こされて職員達に、

点呼を取られて朝食を食べる為に食堂にみんな方向を揃えてゆっくり歩き始める。


この時の足音は、不気味に音がずれる事なく揃うんだ。


この日の天気は晴れのち曇り。実に微妙な天気だ。どっちかにして欲しいのが本音だが、

それでどうにかなる訳でもない。

「おはようっ、俊吾」

「おぅ、憲次か」

「隣いいか?」

「あぁ」

俺に声を掛けてきたのは、ここで知り合った同い年の少年・久保井憲次だ。ここに入ってきた時期も年も性別も、

同じなだけに仲良くなるのにそう時間は掛からなかった。

「うわぁ、納豆だよ」

「最近のはそう臭わないんだからちゃんと食えよ?」

「俺にとって納豆は天敵なのっ。うえぇ、臭ぇ」

「…なぁ憲次」

「ん?何?」

「今日のボランティア活動さ。本当に行かなきゃダメかな?」

「当たり前だろっ?そのものは詰まらんけど、それでポイント貯めればある程度早く出所できるし」

「………」

納豆を醤油とカラシでかき混ぜご飯にそれを載せると一気に口に流し込む。

「本当よく食うよな」

「うるさい」



ボランティア活動をするとポイントが貯まり家庭裁判所で下された懲役よりある程度早く出所できる。

皆、ポイント目当てでボランティア活動に積極的に参加しているが俺はどちらかと言えば、

いやいや憲次に付合わされている感じだ。

ちなみに、今日のボランティア活動の内容は町内のごみ拾い。トングとゴミ袋を持って2時間歩き回る。

憲次より先に少年院のグラウンドに到着するとすぐに憲次もトングを片手にグラウンドにやってきた。

「おぅ」

「なんだ早いじゃないか、俊吾」

「まぁな」

ふと見上げると憲次も釣られる様に分厚くどんよりとした曇り空を見上げる。

「あぁ、こりゃぁ」

「雨か?」

「いやっ、一応天気予報は曇りだけど…、こりゃ降るわなぁ」

「傘でも借りるか?」

「まぁ、一応職員室から借りるか…。俊吾の分も取ってこようか?」

「あっ、頼むよ」

それを聞くと憲次はトングを持ったまま職員室に向かって走り始めた。一方自分はその空を再び見上げる。



そういえば、こんな天気だったかな?



『えっと、名前は?』

その女の子は首を横に振る。

『………』

『分からないの?』

その女の子は首を縦に振る。

『………』

『じゃあ、僕が名前付けるよ』

その女の子は、満面の笑みで笑った。




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