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北方徴募兵団 ~使い潰される最前線で数字を見ても英雄にはなれなかった~  作者: 社畜太郎


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第十六話 父の罪

 ギルドマスター室を出る頃には、昼を回っていた。


 冒険者たちの喧騒は相変わらずだ。


 依頼書を剥がす音。


 酒を煽る声。


 怒鳴り合い。


 だがレインには、その奥に別の空気が見えていた。


 食えている者。


 食えていない者。


 依頼を取れる者。


 取れない者。


 軍と同じだった。


 形が違うだけで、人が壊れる構造は変わらない。


 ギルド入口へ向かう途中、ミレナが柱の陰で待っていた。


 他の受付嬢には聞かれたくないのだろう。


 少し俯いている。


「時間を取らせてすみません」


「構いません」


 レインが答えると、ミレナは一瞬だけセリスを見た。


 セリスは静かに言った。


「少し離れています」


「……ありがとうございます」


 セリスは数歩離れた場所へ移動した。


 だが完全には離れない。


 周囲を警戒する位置だった。


 レインはそれを見ていた。


 副官として正しい。


 だが同時に、“聞こうと思えば聞ける距離”でもあった。


 ミレナは気づいていないようだった。


「父のことを……聞かせてください」


 レインは少し考えた。


「不器用な人でした」


 ミレナが小さく目を瞬かせる。


「いつも文句を言っていました。補給は遅い、壁は崩れる、士官は現場を見ない、と」


 ミレナの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


「……昔からです」


「でも」


 レインは続けた。


「兵士が倒れた時、一番先に動く人でした」


 トーマが死んだ夜を思い出す。


 凍えた兵士。


 過労で動けなくなった夜警兵。


 怒鳴るのではなく、黙って毛布を投げる男だった。


「生き残り方を教わりました」


「父が……」


「慣れた奴から壊れる、と」


 ミレナは俯いた。


 肩が少し震えていた。


「父らしいです」


 しばらく沈黙が落ちた。


 ギルドの喧騒だけが遠くに聞こえる。


 やがてミレナが、小さな声で言った。


「父は、悪人じゃありません」


「はい」


「でも記録上は犯罪者です」


 ミレナは唇を噛む。


「商人を斬りつけた。貴族商会へ刃を向けた。そういう形になっています」


「実際は違う」


「違います」


 今度ははっきりと言った。


「父は、北方の孤児が消えていることを追っていました」


 レインの目が細くなる。


「十年前です。貧民街の子供が突然いなくなる事件が続いていた」


「奴隷商人ですか」


「父はそう言っていました。でも証拠がなかった」


 ミレナは続ける。


「それで、護衛依頼の最中に商人を問い詰めたそうです」


「その結果、手首を斬った」


「はい」


 彼女は俯いたまま言った。


「でも相手は大商会の関係者でした。父の訴えは握り潰されて、逆に“貴族商人を襲った冒険者”として処理された」


 レインは静かに聞いていた。


「父は抵抗しませんでした」


「なぜ」


「私がいたからです」


 ミレナは言った。


「裁判になれば、家族まで潰される。だから全部飲み込んで、第七駐屯地へ送られました」


 北方懲罰部隊。


 戻れない場所。


 死に場所。


 レインはバルドの背中を思い出していた。


 何も語らなかった男。


 だがあの沈黙には、十年分の重さがあったのかもしれない。


「……迎えに行きたいんです」


 ミレナが言った。


「生きているなら」


 その声は震えていた。


「でも、私は表立って動けません。父は“犯罪者”ですから」


「だから証拠が必要だと」


「はい」


 レインは少し考えた。


「当時の事件記録は残っていますか」


「表向きの裁定記録だけです。本当の調査記録は消されたと聞きました」


「誰に」


「そこまでは……」


 言いかけて、ミレナが止まる。


 視線が動いた。


 セリスだった。


 静かにこちらへ近づいてくる。


「そろそろ戻る時間です」


 事務的な声だった。


 ミレナは慌てて姿勢を正した。


「すみません、お引き止めして」


「いえ」


 レインは答えた。


 ミレナは少し迷ったあと、小さく頭を下げる。


「……父を、お願いします」


 その言葉には、娘としての感情が滲んでいた。


 レインは頷いた。


「真実を知りたいと思います」


 ミレナは安心したように微笑み、それから受付へ戻っていった。


 セリスが隣へ並ぶ。


 しばらく歩いてから、静かに言った。


「やはり受けるべきではありません」


「なぜだ」


「十年前の貴族商会が絡む事件です。今さら掘り返せば、警邏隊の士官でも無事で済まなくなる可能性があります」


「警邏の仕事は町の治安を守り、事件調査をすることだろう」


 レインは淡々と言った。


「失踪事件とも繋がる可能性がある」


「可能性だけです」


「十分だ」


 セリスは少し黙った。


 喧噪の中央通りの石畳に、二人の靴音だけが響いているような気がした。


「……あなたは現場しか見ていないのですね」


「それが何か」


「面倒事へ自分から入っていく」


「現場を知らずして何を知るのか」


 セリスはそれを聞いて、小さく息を吐いた。


「本当に第七駐屯地向きの考え方です」


 レインは空を見上げた。


 灰色の雲が流れている。


 北方の空だった。

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