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高校編4

自宅に戻ってきた七季が最初にしたのは自分のベッドに寝転ぶことだった。

やや乱暴気味にリュックをベッド脇のラグの上に投げ置いて、仰向けになって力が抜けたように寝転ぶ。

今日あった出来事を頭の中で反芻させながら大きく息を吐くと同時に、控えめなノックが七季の耳元に届いた。


「にぃに、いる?」


ガチャリと部屋のドアが開いて顔をひょこっと覗かせたのは、妹の咲季乃(さきの)だ。


今年中学三年生の受験生で、七季の母校である神市高等学校を第一志望としている。学部は普通科を目指すようだが、兄と同じ高校に通いたい、あと制服が可愛いという中学生らしい動機であり、兄妹の関係は良好である。

七季が上半身を起こしながらベッドに腰かけると、咲季乃は背中で部屋のドアを閉めながらトテトテと七季に歩み寄ってきて。


「にぃに、帰ってきて早々にごめんだけど、勉強教えて」


シュシュで縛り上げたポニーテールを揺らしながら、半分に折り曲げた参考書とシャープペンを差し出してくる。七季は参考書を受け取り、視線を落としながら隣に座った咲季乃にぶっきらぼうに聞いた。


「どれ」

「この問三のとこ。これで式合ってるかな?」

「ここまでは合ってる。こっちが違ってる」

「え? なんでだろ?」


あーでもない、こーでもないと言いながらも七季が伝えると、眉間に皺を寄せてた妹の表情が次第にほどけていく。


「あー、そういうことかぁ。やっとわかった。流石にぃに、教え方上手~」

「他は? どこかわかないところない?」

「うん、大丈夫。今のところここだけどうしてもわかんなかったから」

「そうか」


ありがとぉーと軽く礼を言う咲季乃に対し、七季が安心したように笑うと、その様子を見た妹は少し不安そうな表情を浮かべて。


「……にぃに、なんかあった?」

「……なんかって、何が?」

「ちょっと様子変?」


曖昧な、確信の持てない咲季乃の様子に、七季は苦笑を混ぜ込むように妹の頭を優しく撫でる。


「よくわかるな、お前」

「まぁ、一応、ブラコンだし」

「言ってて恥ずかしくないのか?」

「え? にぃにも私の事好きだよね?」

「好きだけど」


でしょでしょ、と咲季乃は撫でられることを嬉しそうに受け入れて目を細める。ストレートな言い合いは光山兄妹ならではで、日常茶飯事でもあり、互いがブラコンシスコンを自負している。

かと言って、互いに過度な干渉をしているわけではないが、性格上、物言いが直球過ぎて誤解されやすい。


中学生の妹に言うべきかわからないし、互いに受験生だから普段から気を遣っているものの、勉強しかしてこなかった自分にとって今日の出来事はキャパオーバーだ。


まぁ気分転換になればという気持ちで、七季はポツポツと話し始めた。


「告白……は、されてないか。異性から初めてそれらしき手紙をもらった」

「にぃにの恋愛話? 初めてだね!」

「僕の、になるのか?」


された側なのに? と疑問をぶつけると、咲季乃は興奮気味に「似たようなもんじゃん」とワクワクした表情で続きを求める。


ここ二週間ほど迷惑なほどに追い回された事。

さっき偶然、その子と出会って手紙を受け取るだけ受け取った事。

そして自分の対応と発言。


一通りの流れをダイジェストにまとめて話、一呼吸置いてから七季はため息交じりに吐露した。


「……これは、僕は正しかったんだろうか……と悩んでる」

「あー……」

「受験の忙しい時期に告白まがいの事をされて酷く苛立ったのも事実だ」


一度、言葉を途切れさせたのは、さっきの要の顔が脳裏を掠めたからで。


「僕は僕が器用でない人間である事を知っている。異性の事を考えるときっと勉強が手につかない。だから考えないようにしていたけれど、やはりどこかで考えてしまう。これで本当によかったのだろうかと」

「それは、その人とお付き合いしたかったってこと?」

「いいや、その考えは全く選択肢に入っていない。ただ、モヤモヤするんだ。応えてあげられない事に対する申し訳なさとか、でも理不尽に追い回されて迷惑だったから仕方がないとも」

「かっとーだね」

「……咲季乃、“かっとう”を漢字で」

「えっ!? か、かっとう……くずもちの“葛”に花の“藤”で、葛藤!」

「正解」

「もうっ! いきなり漢字の問題入れてこないでよっ」


ポカポカと軽く七季の肩を叩き始めた咲季乃に「ごめんごめん」と笑って。


「まぁ、にぃには真面目で優しいからそういう事考えちゃうだよね。その人は、きっと一瞬でも自分の事考えてくれたのは嬉しいと思う」

「僕が考えた事なんて伝わらないじゃないか」

「応えないって言ったんだから、伝わらなくてもいいんだよ。私だったら、好きな人が自分のいないところで私の事を考えてくれるだけで嬉しい」

「……咲季乃は好きな人いるんだ?」

「うん、いるよ」


こういう恋愛話を兄妹間でするのは何も初めてではない。咲季乃は結構報告魔で、親に言えない話は全部七季に持ってくる。七季らにとって日常の延長線上にある普通の会話だ。


「好きになられたことは?」

「告白されたことはないなぁ」

「そっか。咲季乃は器用でいいね。同じ受験生なのに、恋も出来るなんて」

「にぃには不器用じゃなくて真面目過ぎるだけだよ。どっちも同じくらいの熱量で考えなきゃダメ! って思ってるんじゃない」

「……確かに」

「私はさ、好きな人の事を考えると勉強の活力になるんだぁ。あの人もきっと頑張ってるから、私もがんばろーって。それは器用とかじゃなくて、ただ自分が楽しいだけだし」


相手がどう思っていようとも、自分が楽しければという感情が正しい恋愛なのかは七季にはわからない。けれど妹の咲季乃が言うならば、きっとそういうものなのだろう。


「僕、どうしたらいいと思う?」

「うーん、受験終わってからでもいいし、興味ないなら本当にそのままでもいいと思うよ」

「興味……」

「だってにぃに、今のところ宣言通り手紙読むつもりないでしょ?」

「ないな」

「だったら、それはそのまま取っておいてさ。自分のタイミングが合えば見ればいいし、やっぱり興味ないなと思えばそのままでもいいと思うよ。相手もそれでいいって言ったんだし」


七季の中で結末は決まっていたのに、このもどかしさを何とかしたくて咲季乃に話したのは正解だったらしい。

自分はきっと行動を肯定してもらいたかったのだと安堵して。


「ありがとう咲季乃。聞いてもらってスッキリした」

「にぃにがやりたいようにやるのが一番! 一緒に受験がんばろーね!」


どこまでも兄思いの妹に七季は笑って頭を撫でた。


――そうして、高校生活の中のたった二週間。


このまま足早に過ぎ去っていく日々の中、今日の出来事はすぐに忘れ去ることになる。

静かに七季の高校生活が終わりを告げようとしていた。



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