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高校編3


「驚かせてしまいましたね。すみません」


無表情なまま要が謝罪する様子に、唖然とした表情を浮かべていた七季ではあったが、すぐにいつものムッとした表情をつくると彼女の手を取ることもなく自身の力で立ち上がる。


尻についた土埃を払いながら彼女に向き直ると、要は差し出した手を残念そうに引っ込めていた。


「なんでお前が居る」


かなり冷たい物言いになったがこの際は仕方がない。彼女に追いかけられ始めて二週間を過ぎようとしていたが、学校内だけではなく校外まで追いかけられてきたのはこれが初めてだ。


せっかくの時間を邪魔されたことに心底腹立たしさを覚えた七季に対し、要は珍しく悲しそうな、申し訳なさそうな表情で七季を見た。


「すみません……偶然に先輩の姿をお見かけしたものですから、嬉しくなってしまって……」

「そろそろストーカー被害で訴えたいよ」

「そんな……」



歯に衣着せぬ物言いに、無表情と微妙な変化しか見せなかった要の表情が酷く歪んだ。この姿を見せられた七季もさすがに自分の言い方がまずかったと思ったらしい。けれどこういう時になんと声をかけたらよいのかもわからず、ただ口の中をモゴモゴとさせるだけだ。


気の利いた言葉一つ思い浮かばない自分が嫌になる。せっかく写真を撮ってストレス解消していたはずが、むずむずと心の底から沸き起こる新たな苛立ちにどうしようもない虚脱感を得ていると。


「あの」


と、要が遠慮がちに声をかけてきた。


「少しだけでもお話できませんか?」


あれだけ傷つけた自分になお話すことがあるという彼女の姿勢に七季は少しだけ驚いた。自分だったらその場から逃げだすことを選択するのに、と自身を顧みて改めて不甲斐なさを実感する。それでもなお自分との話し合いの場を設けたいという彼女の意思を、詫びもかねて尊重することにした。


周囲はすっかり暗闇に溶けた。寒さが体を冷やし、いくら着込んでいても外に居る限り寒さから逃れることはできない。普段寄り道などをしない七季は会話するためにどこかのファーストフード店に入る等という選択肢を最初から持ち合わせていなかった。

冬空の下、公園に供えられた街灯とその下に供えられた唯一の自販機だけが明りとして役目を果たしている。

その隣に並ぶ鞄を預けていた公園のベンチで彼女と会話することを選んだ七季は、彼女が座るのを見て自分のカバンから財布を取り出すと隣の自販機で温かな飲み物を二本購入した。


「ココアでいい?」

「え?」


ぶっきら棒な七季の言葉に、両手に息を吹きかけていた要が驚いた表情を浮かべて目の前に立つ彼を見上げた。

彼の両手に二本の缶が装備されているのを見て、要の視線が大きく揺らぐ。


「えっ、あの……」


あれほど冷たくあしらわれていた自分に気を利かせてもらえるとは思ってもいなかったらしい。無言で差し出されたココアをジッと見つめるものの、ゆっくりとそれを両手だ受け取ると、指先からじんわりと温もりが全身へと伝わっていく。


「ありがとうございます」


ホッコリとした気持ちで感謝の意を伝えると、七季はそれ以上何も言わないまま要と小さく距離を開けて隣に座った。


「で? 話って?」


ぶっきら棒なままの七季の言葉に、要はもらったココアの缶ジュースを両手で包み込むように触りながらハァっと白い息を吐く。高鳴る心音を抑えきれないのは仕方がないにしても、真横に座った七季を見ることは何となくこそばゆくてできなかった。


「お手紙を受け取っていただけないということは、先輩は私の気持ちに応えられないから最初から受け取られないんでしょうか?」


彼女もまたまっすぐな言葉を向けるタイプだな、と七季は意味もなくそう考える。自分も大概ではあるが、要のそういったところは少しならずか七季は評価していた。異性と言うのは何かを伝える時、非常に回りくどい言い方をするものもいる。相手を傷つけぬようにする配慮なのかもしれないが、七季にとってはそれが酷くもどかしく苛立ちを覚える材料にしかならない。遠慮されるよりもこういう風に言われる方がよほど好感触になると七季は思ったが口には出さなかった。


「うん」


と七季は彼女の言葉を肯定した。否定する必要等ないからこそはっきりと言うべきだと七季は思う。


「僕は一つの事に夢中になると他の事に手が付けられなくなる。不器用と思われるかもしれないけれど、僕はしたくもない恋愛のせいで勉強をおろそかにはしたくない」


これは七季の本心だ。彼女が隣で息をのむ音が聞こえたが七季は続けて言った。


「君の気持ちは正直うれしいよ。罰ゲームだってなんだって、好意を寄せられて悪い気持ちにはならない。ただタイミングってあるだろう。なんで受験前なんだ?」


そうだ、そもそもソレがおかしい。


普通であれば卒業まで待つべき内容ではないのだろうか。この受験シーズン真っ只中の忙しい時期、好意を寄せているのであればなおのこと、相手を思いやるべきだと七季は持論を心の中で展開する。疑惑を向ける七季に対し、要は静かに視線を落としながら「すみません」と謝罪した。


「そうですね……私、考えれば自分の事ばかりでした。本当にすみません……」


本気で自分の行為を悔いているような重苦しい謝罪の言葉に、七季はようやくその点で彼女を許すことができた。


「そう思ってもらえたならいい」


そう小さなつぶやきで彼女の謝罪を受け入れれば、要は小さく頷いた。


「先輩……もし、私の気持ちに応えなくていいと言えば、手紙を受け取っていただけますか?」

「……は?」


少しの沈黙を置いてそれを拭い去ったのは要だった。七季が思わず隣に並ぶ要に視線を向ければ、彼女は気恥ずかしそうに遠くの地面を睨んだままこちらを見ようともしない。その横顔は要に興味を示さない七季にとっても可愛いと思わせるだけの素質は充分にあった。


「返事はいりません。手紙は読まなくて構いません。自己満足でしかありませんが、先輩に手紙を受け取ってもらいたいんです」


どうしてそこまで頑なに手紙を渡したがるのか意味が解らなかった。読まれることのない手紙を渡したところで彼女の何が満足するのだろうかとも思った。けれどそれでいいというのであれば、家に帰ってそれを捨てるなり破くなりは自由という風にも取れる。そこまで酷い考えまでには至らなかったが、七季は眉間のシワと同様な深い息を吐いて彼女が見つめる方向に視線を向けた。


「受け取るだけでいいんだな?」

「はい」

「読まないよ?」

「はい」

「君の気持ちにも応えるつもりはない」

「分かっています」


自分の意見をすべて肯定したうえで、彼女は自分の隣に持っていたココアを置くと、膝の上に乗せていた自分のカバンから大切そうに淡いピンク色の封筒を抜き取って。すこしだけ体をこちらに向けたかと思えば、いつものようにまっすぐな要の視線が七季の姿を捉えた。


「お願いします」


すっと両手で差し出された封筒に七季は視線を落とした。何の変哲もないこの封筒のせいで七季は二週間を彼女との鬼ごっこに費やした。それでいい、と言われるのであればそうするのが最善だろう。これを受け取ることによりようやく鬼ごっこに終止符を打つことが出来るのであれば、勉強命の七季にとってはこの上ない解決策だ。


「……受け取ったことは周囲に言わないでくれる?」

「はい。結局受け取ってもらえなかったと残念そうに話します」

「そうしてくれると助かる」

「はい」


相変わらず不貞腐れたような言い方しかできない七季に臆することなく挑み続けてきた彼女の行動力は報われるべきかもしれない。七季は密かにそう思いながらも表情を崩さぬままそれを片手で受け取った。


そっと彼女の手が封筒から離れた瞬間、七季は思わず息を呑んだ。


あれほど無表情を貫いていた彼女がその喜びをかみしめるようにふんわりと微笑んだのだ。こんな表情もできるのかと驚きと戸惑いが交錯する中、彼女は鞄の中に未開封のココアの缶ジュースを入れると、ゆっくりと立ち上がって七季に会釈して見せた。


「ありがとうございます」

「いや」

「……あ」

「ん?」


顔を上げた要がふと思い出したように声を上げた。それに反応して見せたものの、先ほどとは真逆に困惑した表情を浮かべ、視線を泳がせる彼女に対して七季は素直に小さく首をひねる。


「何?」

「……その」

「うん」

「もう一つだけ、確認させていただきたいことがあるんですが」

「うん」


おずおずと気まずそうに話し出した要の姿に、要は今更だろうと素直に聞く態度を見せる。この際答えられることであればとりあえずすべて答えて置いて、あとは気楽なまでに勉強に集中したいのが本音なのだが。


「私の気持ちに応えていただかなくてもいいと言いましたが……すぐに諦められる気がしません」

「あー、うん」


そこまで言われると少しだけ気まずさが浮き彫りになった。未だに彼女の好意に対し半信半疑になっていた手前、明確な気持ちをストレートに伝えられるとさすがの七季も戸惑う。思わず視線が泳いでしまったのだが、目の前に立つ彼女は小さくはにかみながら七季に告げた。


「もうしばらく先輩のことを想っていてもいいですか? 無理に忘れろというのであれば努力しますが、できれば自然と私の中の好意が消えるのを私自身が望んでいます」


丁寧ながらも彼女にしては珍しく回りくどい言い方だなと七季は思った。けれど人の気持ちなどそう簡単に変わるものではないと七季はちゃんと理解していたし、そこまで鬼ではない。静かに頷きながら「いいよ」と告げれば、要はホッとした様子でもう一度七季に頭を下げた。


「本当にありがとうございました。今更ですが、受験頑張ってください」

「うん、ありがとう」

「それでは失礼します」

「気を付けて」


そう言って自分に振り替えることもなく公園を去って行った要の後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、七季は真っ暗な空を見上げて大きく息を吐く。吐くと同時に「あー」と気の抜けた声が出てしまったのは仕方がないことだ。


告白という場面に当事者として立ち会うのは生まれて初めての出来事だ。


自分には想いを寄せている人がいるけれど、告白しようと思ったことは一度もない。ただひっそりと想うだけで楽しかったし、勉強ばかりの学校生活にほんの小さな彩りを与えてもらえたと考えればそれで充分過ぎる。だからきっと、自分が当事者になるのはずっと先の未来の話だと思っていたから。


……そうか、告白ってする方もされる方も緊張するんだな。


そんなことをボンヤリと考えたのは仕方がないかもしれない。相手を傷つけないよう配慮する器用さなんて七季は持ち合わせていない。自分が傷つかないようにするのが精いっぱいだからこそ彼女に我慢させることを選んでしまったのだから。


静かに目を閉じて自分の吐いた白く染まった息が冷たくなった頬を撫でた。


同時に思ったのは「やっと終わった」という安堵感。これでようやく勉強に集中できるし、自分同様眉をひそめていたクラスメイト達にも受験に集中させてやることができる。自分が蒔いた種というのはおかしいかもしれないが、はっきりと要との間に決着を付けなかった自分が悪いようにも思える。被害者ぶってみせても結局のところは自分も加害者だ。上から目線な考え方になってしまうのは今更かもしれないが、これ以上にない解放感は受験が終わった後にやってくるだろう。鞄の上に横たわったカメラを横目で見つめた七季は、気持ちを新たにするよう瞼を閉じて寒空の澄んだ空気を味わった。


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