高校編1
理数科三年の教室は、昼休みになっても机に向かっている連中が多い。
センター試験を目前にピリピリとした雰囲気の中、突然現れた少女は眉間にシワを寄せる少年に対峙していた。
何だ、何だと興味本位で周囲が視線を向けるが、対峙する少年と少女は互いに表情を崩さない。少女は無表情のまま大切そうに両手で淡いピンク色の封筒を差し出して、少年にあっさりとした口調で告げた。
「貴方のファンです。受け取ってください」
可憐な少女のラブレターを目の前に、少年がますます眉間にシワを寄せれば。
「いらね。罰ゲームなら他でやれ」
その一言に教室中がブーイングの嵐を巻き起こした。
「性格悪いぞ光山!!」
「けしからん! 死ね!」
「大学落ちろー!」
「誰だ落ちろっつったヤツ!!」
ギャーギャーと喚き立つクラスメイトに振り向きもせず、少年は無言のまま教室を出て行った。
【恋愛鬼ごっこ】
最早、神市高等学校の名物と言っても過言ではない。
この受験シーズン真っ只中で巻き起こっている騒動は、受験生の中で――否、神高生徒達が面白半分で賭けが行われているほど周知だ。賭けといってもお金ではなく、文具等が流通の中枢を担っている。
シャープペンシルの芯や消しゴム等、それぞれ仲のよいメンバーで行われている催しではあるが、それが複数のグループに分かれているだけで、賭け事の対象は一つである。
『理数科三年、光山七季がデザイン科二年、沖田要の手紙を受け取るか否か』
進学組が集う三年理数科の教室で、堂々とした告白が繰り広げられた事は瞬く間に校内へと広まった。七季が廊下を歩くだけで「受け取った!?」と尋ねてくる赤の他人の姿が腹立たしくて仕方がない。何を好んで罰ゲームの片棒を担がされなければいけないのか、七季は周囲の雰囲気が大層不満だった。
頭脳としては学年五位以内に必ず入る七季ではあったが、自己評価で容姿は中の中くらいであったし、運動神経に至っては皆無と言ってもよいだろう。体育の長距離走が特に嫌いで、クラスメイトの男子生徒達が全て走り終わる頃、七季はあと二周ほど足りないということが非常に多かった。
運動神経が悪いとは言え、決して恰幅がいいという体格をしているわけでもない。身長も高校に入ってから自分の理想であった175㎝を超えたし、下っ腹が出るほど太っていない。ヒョロッとした体格ではあったが、決して痩せすぎているというわけでもないため、同年代の平均体格内に収まっている。
一度も染めたことのない黒髪は前髪を真ん中分けしているものの、そういう髪型としてセットしたことはない。お洒落というものには疎く、ある程度の清潔な姿を保っておけばよいと思う程度。深緑のプラスチックフレーム眼鏡だって、デザインではなく値段で買った。
神経質な性格が表情に出ているらしく、いつもクラスメイトの女子に「眉間にシワが寄っているよ?」と言われるくらいだ。誰がどう見ても優等生として評価する七季ではあったが、性格から好き嫌いは大きく分かれるかもしれない。
現実主義で勉強主義。
硬派を気取っているわけではなく、本当に異性に興味がないらしい。興味がないというのは語弊があるかもしれないが、異性との付き合いに願望を持っていないと言った方が正しい。
1に勉強、2に勉強――と言ったように、頭から足の先まで勉強に尽くすような男であり、口を開けば厳しい率直な意見のみ繰り出されるため、好かれない人間には好かれない。
そんな七季の評価を最初に変えたのは、デザイン科三年の高本茅という男子生徒だ。
同じ写真部に所属する二人は、性格が正反対の場所に位置する存在だ。神経質で辛辣な七季に対し、茅はのらりくらりとした気だるくも人気のある男子生徒だ。
上手にボケてみせる茅に対し、遠慮なくツッコミを入れる七季を見て「あれ? イメージと違う」と周囲の評価がガラリと替わる。七季にとって、周囲の評価が変化したことなど無意味と思っていたものの、茅を見習ってのらりくらりとボケてくるクラスメイト達を結局は相手にしている。
そうして周囲が出した最終的な結論は「あ、コイツ、実は世話好きだ」というものだった。そんなこともあって、七季の周囲にも次第に友人と呼べる相手が集い始めたが、七季は不満でたまらない。一人で勉強したい主義のため、無意味に自分の周囲に集まってくる友人達に対して解せない表情を浮かべるのだ。
そんな彼が再び注目され出したのは、冒頭でもお伝えした告白のシーンに集約される。
周囲からそれなりに理解され出した七季ではあったものの、彼に好意を寄せるという、モノ好きな異性は今まで存在しなかった。
それがどういうわけか、全く関わりのない後輩の女子生徒がいきなり彼のファンだと現れたのは、周囲にとっても晴天の霹靂とも言えよう。
七季を好いていると白昼堂々伝えた女子生徒、沖田要もまた風変りな少女であった。
制服のスカート下から覗くのはひらひら黒いレースのついたペチコート。黒いタイツをこよなく愛し、以前、爪まで黒色のネイルをしていたのはさすがに教師に禁止されたと聞く。制服を着崩すのは、校風にふさわしく自身で責任を取れるならば自由であり問題はないが、さすがに爪は駄目らしい。私服はゴシックロリータ系の服を好んで着ると噂される少女の特技は「人のオーラを見ること」。
中二病だろうと言いたいほどツッコミどころ満載ではあるが、如何せん彼女は美少女に部類される人種だった。
黒い腰当たりまである長い髪は、大きなウェーブが掛かっており、色の艶やかさに反比例して柔らかな雰囲気を醸し出している。基本的には無表情であるが、微笑めば美しく、彼女の背後に大輪の百合が彩られるようだとも言われ、姿勢のいい歩き方は同年代でもうらやましがる人間が多い。
頭の良さや運動神経の良さなどはあまり耳にしないものの、それでも彼女がふんわり微笑めば、周囲の男子生徒達は頬をほんのり赤く染める程度には人気があった。
そんな風変りな少年と風変りな少女が組み合わせられた告白を目の当りにした連中が、黙って見過ごすわけがない。
彼女の一世一代の告白をバッサリと切り捨てた七季への風当たりは強かったが、翌日から始まった彼女の執着がすごかった。昼休みになる度に七季の教室を訪れ、諦めもせずに彼に手紙を差し出すも、七季は眉間のシワを一層深めるだけで受け取ろうともしない。むしろ勉強の邪魔をされたという不愉快さだけが彼の中に生まれ続けたらしく、彼が勉強道具一式を持って席を立てば、彼女は七季の背中を追って教室を出る。
「受け取ってください」
「嫌だ」
「受け取るだけでいいです」
「いらない」
「お願いします」
「必要ない」
という短い会話を繰り返しながら、速足で廊下をかけていく二人の姿は名物以外の何になるだろうか。途中、すれ違った先生に「廊下を走るな!」と注意されれば、七季は「競歩です」とシラを切る。
その言い訳もどうなんだと周囲がツッコミを入れたかったものの、競歩の速さですれ違う彼らにツッコミを入れる余裕などない。そうして自分達の歩く合間を縫って繰り広げられる鬼ごっこを、周囲はいつの間にか楽しみに変えていたのだが。
「だからいらないって言ってるだろう!」
堪忍袋と器量の小さい七季が立ち止まって振り返り様に怒鳴れば、後ろをついてきていた要は両手で手紙を大切そうに握りしめたまま七季の正面で立ち止まって見つめている。さすがに運動音痴の七季も競歩のスピードで歩き続ければ疲れるのは目に見えている。
ふーふーと怒鳴った勢いと、無駄な体力を使った勢いで肩が上下してみせたものの、後ろをついてきていた要は息を切らすこともなく淡々とした表情を浮かべたまま七季を見据えた。
「どうしてそんなにも受け取ってくださらないんですか?」
落ち着いた物腰で尋ねる要に対し、七季は眉間にシワを寄せる。眉間のシワはデフォルトになっているのではないかというほど当たり前になっていたため、要にとってはどうでもいい表情の変化ではあったのだが。
そんな要の言葉に、七季はメガネのブリッジを持ち上げながら大きく息を吐いた。
「僕は自分がどういう人間か自分自身が一番よく知っている。異性に好かれる性格ではないし、同性にだってどう思われているか。そんな僕が君みたいな子に好かれるわけがない。どうせ何かの罰ゲームだろう。他をあたってくれ」
言いたいことを言ってやったと七季はフンッと鼻をならせば。要は少しだけ悲しげに瞳を揺らがせて七季を見つめた。
「そうやって先入観で決められてしまっては、私は自分の気持ちをどうお伝えしたらよいかわかりません。せめて手紙を受け取ってはいただけませんか?」
「嫌だよ。物的証拠が残るじゃないか。僕が君の手紙に返事を出せば、君はソレを仲間で見て笑うだろう。僕の知らないところでたらい回しで読まれてたまったもんじゃない」
「では返事はいりません」
「それは僕の主義に反する。手紙を受け取れば返事を書かずにはいられない」
面倒な男だよアンタ。
と、周囲で見守っていた生徒達が心の中でツッコミを入れたのは言うまでもない。
言っておくが彼が怒鳴り散らしたのは生徒達が行き来する廊下であって、時間は昼休みである。周囲の視線も気にせずそういう会話をできること自体、お前らスゲェなと思ったのは全員一致の意見だ。
どうしても受け取れないという七季の意見に対し、要は譲歩する方法を必死に考えているようにも見えたが、その結論より先に動いたのは七季だった。




