タイミング
女の子らはキャッキャウフフ言っている。
テメーらもう頭の中は風呂モードだな?
どう考えても、僕の身分証が優先だろうが!
「で、貴女は何になりたいの?」と受付嬢が僕に聞いて来る。
「うーん、小さな頃は『なりたいモノ』はあったんだけど、今は特にないなー」と僕。
「小さい頃は何になりたかったの?」
「バスの運転手!」
『バスの運転手』は『乗り合い鳥車の御者』と翻訳された。
「どうして?
『乗り合い鳥車の御者』なんて賊に襲われやすくて、評判悪い仕事なのに」と痴女が口を挟んでくる。
「そうよね、冒険者に護衛されるのが『乗り合い鳥車』よ?
多少は給金は良いけど。
でも命あってこそじゃない?」と受付嬢。
そんな事言ったって異世界の常識なんて何にも知らないもん。
「そんな事を聞きたいんじゃないのよ。
貴女はどんな冒険者になるつもりなの?」と受付嬢。
「『どんな』って言われても。
強くて格好いい冒険者に・・・」
「貴女、もしかして冒険者って『ジョブ』があると思ってない?」と痴女。
ジョブってなんだろう?
・・・とは思ったけれど、話がちょっとややこしくて長くなりそうだったから少しだけ知ったかぶりをした。
「『冒険者』ってそうじゃないんですか?」と僕。
本当はこれっぽっちも『冒険者』をイメージ出来てない。
何なら「『冒険者』と『カブトムシ』の違いを述べよ」と言われても違いを上手く説明出来ない。
僕の頭の中での『ジョブ』は職業の事だ。
だから家の隣に住んでいたオッサンは『無職』つまり『ノージョブ』だ。
家のすぐ側に『広域指定暴力団』の組事務所があったから、家の近くの家賃は激安だった。
だから無職のオッサンでも何とか蓄えで家賃を払えていたんだろう。
それでもオッサンは「もうすぐ失業保険の給付が切れる」と焦っていた。
そんな話は良い。
『ジョブとは何ぞや』という話だ。
聞いた話を要約すると『冒険者というジョブはない』との事だ。
冒険者は『戦士』『騎士』『狩人』『盗賊』『魔法使い』『聖職者』など、色んな『ジョブ』の連中が仲間を求めて集まるところが『冒険者ギルド』らしい。
だから僕が『冒険者になりたい!』って『冒険者ギルド』の門戸を叩いても、先ずは「お前のジョブは何やねん?」と聞かれるのは宿命らしい。
で、僕の職業はなんだろう?
高校生?
異世界で高校になんて行ってない。
無職か?
何でも『職業不祥』のヤツらが集う、闇ギルドが裏街道にいくつもあるらしい。
僕はそこに行くべきか?
冗談じゃない!
「僕は『魔法使い』志望です!」
勿論思いつきだ。
魔法なんて見た事も、使いたいと思ったこともない。
このまま30歳まで、何事もなく無事に過ごせれば『魔法使い』になれる予定だ。
なれるのはほぼ確定しているのに、十代の今、何が悲しくて『魔法使いになりたい!』なんて言わなきゃいかんのだ?
何を生き急いでいるのか?
「へぇ『魔法使い』になるための勉強をしているの?」と痴女。
してる訳ないだろうが!
敢えて言うなら隣に住んでるオッサンとマリオカートやってるよ。
そんな生活をしてるから『魔法使い予備軍』って言われるんだろうな。
「魔法の勉強はこれから始めます!」
「なら師匠を探さないとね」と痴女。
師匠が必要なのか、面倒くせー。
でも剣もなー。
斬馬刀も持ち上がらなかったし。
明らかに『剣士』の才能ないよなー。
つーか『身分証』が欲しいだけだし。
何なら『身分証』発行が『冒険者ギルド』じゃなくても良いや!
次は商人ギルドとかどうだろ?
でも『冒険者』を前に「冒険者なんて別に興味ない」なんて言えないよな。
そうだ!「それじゃ冒険者になれない」ってアンジェに言ってもらおう。
それが一番、どこにも角が立たない進路の変え方だ。
「そうだ!
アンジェさん、僕の師匠になって下さいよ!」
別に本心では言ってない。
ホラ、サッサと断れ!
そうすれば僕は後腐れなく『商人ギルド』へ行ける。
「私に弟子入りしたいの?
別に良いけど・・・」と痴女。
快諾してんじゃねえ!
断れや!
「ちょうど弟子が一人逃げ出したところだったのよ。
募集する手間がなくなったわ!」
どうやら痴女は弟子を探していたらしい。
弟子を探しに近隣の村へ行こうとしたら『村の冒険者ギルドにならず者集団が来た!上級冒険者は村へ来てくれ!』という依頼があって、ついでだから依頼を受けたらしい。
アンジェにとって『ならず者退治』はあくまでついで。
本題は『弟子探し』だった。
でも『上級冒険者』である魔法使いの上級職、『魔術師』の修行の厳しさは魔法使いを志している者なら誰でも知っている。
皆、敬遠してばかり、中々弟子は見つからなかった。
アンジェが「もう弟子になってくれるなら誰でも良いや」と思ったタイミングで、僕がアンジェに言った。
「弟子にして下さい」と。




