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蟻が如く  作者: 海星
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喪失感の共有

 「キャアアアアアア!!!!!!」

 トイレから金切り声が聞こえる。

 受付嬢は急いでトイレに駆け付ける。

 実は二週間前に受付嬢もトイレで叫び声を上げたばかりだ。

 受付嬢がトイレで用を足していたら、便器の中から巨大魚が飛び出して来たのだ。

 便器は川と繋がっている。

 確率は低いが便器から魚が飛び出して来る可能性は確かにある、と受付嬢は身に染みている。

 「きっとあの娘も便器から何か川の生き物が飛び出して来たんだわ!」と決めつけてトイレのドアを叩く。

 「大丈夫!?

 何があったの!?」と受付嬢。

 「大切なモノを川の中に落としたみたい・・・」中から呆然とした声で女の子の声が聞こえる。

 何だ、と受付嬢は胸を撫で下ろす。

 「そう。

 それは残念ね。

 でも、もう落とした『モノ』は諦めた方が良いわね。

 今まで何人かトイレにモノを落とした人はいたけど・・・」

 「やっぱり、諦めるしかないの?」

 「急流だからね。

 調べるならここから遥か下流を調べないとね。

 こうやって話してる間にも、探索範囲は海まで広がっているわ。

 そんなに大切なモノを落としたの?」

 「そ、そりゃ。

 ズボンとパンツと・・・・・・・・・・チ、チ、チ、チ、チンポを・・・」

 「あぁ、ズボンとパンツを流してしまったのね?

 でもそれは大丈夫!

 ここは『冒険者ギルド』よ!

 冒険の中で下半身の服とか、鎧とか汚染したり破ったりする冒険者は毎月何人かはいるのよ!

 貴女のサイズは流石に冒険者のための着替えではサイズオーバーかも知れないけど、私達ギルド職員のスカートとパンツだったら問題なく履けると思うわ!

 ・・・わかってる。

 冒険者ギルドに来るぐらいだものね。

 『お金がない』んでしょう?

 すぐに返してくれなくて良いわ!

 着替え用に何枚か貸しても良い。

 お金を稼げるようになってから、そうね、銀貨2枚くれれば良いわ!」

 銀貨2枚と言うのは確かに破格なんだろう。

 一度自分が履いたパンツを「はい、返す」というのは返す立場も返された立場も普通は嫌だ。

 使用済み下着に価値を見出だす、とか、日本でもかなりの特殊性癖だ。

 異世界でも『使用済み下着』は売れるのだろうか?

 売れるとしても、それは『冒険者ギルド』じゃない。

 そして『冒険者ギルドの女性職員用スカート』三枚とパンツ三枚で銀貨2枚というのは高いのだろうか?

 異世界の貨幣価値が理解出来てない僕にはわからない。

 後から知る事になるのだが『銀貨2枚』は無茶苦茶破格だ。

 『銅貸10枚』が『銀貨1枚』と同じ価値だ。

 で『宿屋一泊』が『銅貨5枚』だ。

 格安のビジネスホテルが一泊、3000円だとしても『銀貨2枚』はビジネスホテル四泊分の価値、つまり12000円という事になる。

 「何だ、まあまあ金払わなきゃいけないんじゃん」と言うなかれ。

 異世界での布切れや糸の高さを考えなくてはいけない。

 普通なら『銀貨10枚』は取られても別に高くはない。

 パンツとスカートの値段は『僕が冒険者ギルドに巣食っていた、ならず者集団の冒険者達を追い払った事』に対する感謝の価値設定だ。

 本当なら「ありがとう!」と受付嬢にハグするべきだ。

 なのに僕はノーリアクション。

 知らない、というのは恐ろしい。

 この時の僕は『チンポが失くなった』というのと『スカートを履かなきゃいけない』という羞恥が頭の中を支配していた。


 「『チチチチチンポ』?

 何それ?

 それを川の中に落としたの?」と受付嬢。

 どうやら(ども)り過ぎたのか『チンポ』は異世界語に翻訳されていない。

 そのまま『異世界にはない日本語特有の単語』として『チチチチチンポ』として受付嬢に伝わっているのだ。

 「それは大切なモノなの?」と受付嬢。

 「大切と言うか、昔は『あって当たり前のモノ』だったけど、今考えると『アイデンティティそのもの』だったんだな、と」チンポを失った僕は受付嬢に伝わる訳もないのに混乱して熱弁する。

 「そうか、気の毒に。

 私も二年前のダンジョンからチャボゲレロの村への『モンスターの大行進』の時に大好きだったお兄ちゃんを失ってね、お兄ちゃんは冒険者だったのよ。

 その時かな?

 『私も冒険者ギルドで村の役に立とう』と初めて考えたのは。

 ねえ、貴女も『冒険者』になってみない?

 ならず者達を撃退した実力を見たら充分、冒険者としてやっていけるわよ!

 『冒険者』としてやっていってる間に・・・『チチチチチンポ』だっけ?

 失くした『アイデンティティ』の代わりが見つかるわよ!」

 イカン、話が噛み合ってない。

 バン!受付嬢がトイレのドアを開けて入ってくる。

 勝手に入って来るんじゃねえ。

 こちとら下半身、スッポンポンだ。

 受付嬢が感極まって僕に抱きついてくる。

 「大変だったね」と。

 いや、僕は今まさにリアルタイムで大変だ。

 何せ『チンポ落としちゃった』んだから。

 「でも大丈夫。

 貴女は一人じゃない!」と受付嬢。

 一人で盛り上がってんじゃねえ!

 何で受付嬢(テメー)と『チンポ失くした感覚』を共有しなきゃいけねーんだ?

 まあ、いつまでも下半身スッポンポンという訳にもいかない。

 僕は受付嬢にスカートとパンツを履かされた。

 スカートは膝上でタイトだが、横にスリットが大きく入っていて、かなり動きやすい。

 文句がないわけじゃないが、受付嬢が「お揃いね、フフフ」と上機嫌なんで、ここで文句言えない雰囲気だ。

 俺は空気を読む男。

 『ビシっと言う意気地がないだけ』とか本当の事を言うな!


 「アレ?

 貴女が首からブラ下げてるの『仮身分証』ね?」と受付嬢。

 そうだった。

 身分証を登録しに来たんだった。

 なのに成り行きで僕は何をしてるんだ?

 


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