06
「まちせんぱーい!」
「いるよー」
水着は夏休み云々と言っていた彼女はもういなかった。
遊泳禁止ではないうえに美しい砂もあるということで水着姿ではしゃいでいた、問題なのはこちらも水着を着ることになっていることだ。
実はろくに泳げないから元々夏休みであっても付き合う気なんかなかったのにこれだし、その状態で読書をしているから完全に不審者だ。
食べるけどあまり食べないのもあって太っているわけじゃないのが救いだった。
「みこって可愛いわよね」
「ですね、でも、そう思っているなら尚更いってあげてくださいよ」
「暑すぎて無理、あと、この前ちょっと太ったから駄目よ」
二人きりが嫌だったから誘ったわけじゃない、楽しんでいるあの子が誘ったわけでもないそうだ。
先輩は持ってきていたタオルで汗を拭いてから「あんたがいってあげなさいよ」と反撃をしてきたものの、ここにいていいと言ってきたのはあの子だから気にしていない。
「あとはあんたとくみだけなのよ、だから動くまでは離れたりはしないわ」
「お姉ちゃんはなにかそれっぽいことを言っていますか?」
「いや、逆になにも教えてくれないわ、くみとの時間はわかりやすく増えているけどね」
こっちにも同じだ、これはもしかしたらあの子のことを考えてしている可能性がある。
ただ単純にほいほいと喋ったりはしないのもあるだろうけどそれだけじゃないはずだ、姉だって優しくて相手のことを考えて行動ができるからそうであってもおかしくはない。
「おーい」
「は? あんたが呼んだの?」
「違います」
二人きりの約束が気が付いたら結局全員でいた。
露木さんがお弁当を作ってきてくれていたみたいだったからみんなで食べた。
すっきりしているはずの先輩が何故か素直に美味しいと言えなくて彼女に笑われていたけどぐりぐりと攻撃をされたことで静かになった、なんなら涙目にもなっていたかな。
「どこにいくんですか?」
「二人きりになれる場所よ」
変なことが起きたのはそれから約十分後、みこちゃんがトイレで離れた際に先輩もこちらの腕を掴んで歩き出したんだ。
知らない場所というわけじゃないからこっちの方向に歩いても特になにがあるというわけでもない、ただただあちらと同じように林があって海が見えるというだけだ。
それにこの人も興味がないだろうによくやる、あの子に来てもらいたいからならもっと直接誘った方がいい。
「なんで動く前にやめたかわかる? それはあんたに興味が出てきたからよ。でも、告白をしておきながらすぐにあんたにって変えても信じてもらえないかもしれないじゃない? だから私も頑張って抑えたのよね」
「嘘ですね、だってにやにやしていますもん」
適当なそれで他の子を巻き込まないでほしい。
「あ、わかった? 私的にね、みこが少しでも本気になれるようにするのが今回付いてきた理由なのよ」
「本気になれるようにって振られたばかりじゃないですか」
あの子の中に私に対するそういう感情はないんだ。
だからいくら煽ろうとしたところでなにも始まらない、仮にいま来たところでそれは約束があったから、私に適当なことをするなと言いたいからだ。
私だって受け入れてもらえたのに途中で離脱されたら嫌だからね。
「その割には全く気にした様子もなくあんたといるじゃない」
「それは私が一人になってしまうからです、優しい子なんですよ」
「あんた的にみこはどうなの?」
「関わってくれている人達の中じゃ一番仲良くしたいと思っていますけど迷惑にしかならないのでやめてあげてくださいよ」
「いいじゃない、とりあえずみこを待ちましょ」
少し時間が経過したところで「私がまち先輩と約束をしていたんですから連れていかないでくださいよ」と冷静な感じで話しかけてきてくれたのはよかった。
慌ててしまったら先輩に好きなようにやられてしまう、責められている状態でも先輩が表情を一つでも作れば彼女は負けてしまうからそうなる前に止めるんだ。
「これよ、これが目的だったの」
「なんの話ですか?」
「私は勝手にあんたのことを犬だと思っているからね、ご主人様のところにすぐ来るのか実験していたのよ」
「犬はともかくそりゃいきますよ、まち先輩を取らないでください」
「きたー!」
いや誰……。
そのまま彼女を連れていけばいいのにぺらぺら喋っているだけで動こうとしないから困った、そのかわりにとばかりに彼女がこちらの腕を掴んで歩き出したから苦笑するしかない。
「まち先輩もちゃんと断ってくださいよ」
「ごめんね」
「謝る必要はないです、でも、少し気になるのでまだいいですか?」
「うん、いいよ」
今度は私も水辺で遊ぼうと思う。
読書は帰ってからでも遅くはないし、こうして水着でいることを考えるともう海には来なさそうだからだ。
あとはよくわからないことに巻き込まれても嫌というのもあった。
「遊んでいる内に二人きりになってしまいましたね」
「まあ、完全に放置されていたら仕方がないよ」
会話だけじゃどうしても限界はくる、寧ろ一時間ぐらいは残っていてくれていたことが意外だった。
そんな私達も流石に着替えてオレンジ色に染まった空を暑くない場所から見ている状態だ。
「ゆき先輩ってなにがしたかったんでしょうね? ただまち先輩を連れていっただけで帰ってしまいましたけど」
「たまに寂しくなるときがあるんじゃない? それでみこちゃんに甘えるのはちょっと恥ずかしいから私にしたのかも」
「あー確かにまち先輩には甘えやすいですからね、にやにやしてきたりしないのがいいんですよね」
「みこちゃんといるときは結構ふざけるけどね」
差を作っているというかできてしまっているから本当はよくない状態だけど。
できることなら露木さんにも先輩にも彼女にも同じ距離感がいい、調子に乗らないようにするためじゃなくて中立な立場でいたいからだ。
「ということで、テストが終わって夏休みになったら遠出しませんか? 今年は両親が忙しくていけないのでまち先輩とお母さんの実家がある県にいきたいんです」
私はそういうことがあっても読書ばかりしてきたから一人でいけるのはすごいと思った。
なんて小学生並の感想だけど本当にそうだ、優しくしてくれるけど一人でいくのは無理だ。
「かかるお金次第かな」
「公共交通機関を使うので少ししてしまいますが実家の近くにも奇麗な海があるんですよ、そこで遊べたらいいと思いませんか?」
「わかった、いいよ」
そこの県ならではの美味しいご飯を食べて帰ってこようと決めた、あとは夏祭りなんかにいけたら満足できる。
毎年姉から誘われている内にいけないと嫌な体になってしまったからこれは仕方がない、これから付き合うからといって彼女が付き合ってくれなくてもいいから誰かといけたらよかった。
流石にそこで一人は寂しいからね。
「さて、そろそろ帰りましょうか、ほとんど一人ではしゃいでいただけですけど疲れました」
「おんぶしてあげようか?」
「いいです、ちゃんと歩きます」
じゃ、帰るか。
電車じゃないといけないなんてこともなくて歩いていける距離でよかったと思う自分と、そんなに乗らなくて済むなら電車でもよかったかもしれないと考える自分と、結局おんぶすることになっているその内はごちゃごちゃしていた。
まあ、すやすや寝ているわけじゃなくて起きてくれているからそこまで気にならなかった、そこまで離れていなかったのも大きい。
「今日は楽しかったよ、また月曜日に会おうね」
「うん……あっ、はい」
「はは、またね」
一人になったからお気に入りの場所にいこうとしてやめた、大人しくお家に帰ることにした。
帰った際に姉はいなかったけど元々、邪魔をするつもりはなかったからお部屋でゆっくりすることに、そうしたら何故か姉がクローゼット内から出てきて固まった……。
「なんで泊まってこなかったの? そういう流れだったよね?」
「そっちこそ露木さん達と遊んでいる流れじゃないの?」
仮に泊まることを選んでいたらここには帰ってきていなかった、そうなれば姉はずっとクローゼットの中で待つことになったんだから寧ろ感謝してもらいたいぐらいだ。
だけど実際は納得がいかないといった顔でこちらを見てきているだけ、今日も少し適当なところが出てきてしまっていることになる。
「違うよ、だってゆきから連絡がきたから慌てていっただけだしね」
「なのに露木さんにお弁当を作らせたの? ありがたかったけど悪い先輩じゃん」
ありがとう程度で済ませてしまったけどよく考えてみるとかなり大変だっただろう、みこちゃんを優先するのは当たり前でもちゃんとお礼をしなければならなかったのにやってしまった。
ただ、あそこでできたのは飲み物を奢るぐらいだったからまた改めて時間を貰ってご飯を食べてもらうぐらいがいいかもしれない、結局そこからは逃げられないものの、私自身でなんとかしようとして空回りしてしまうよりはマシだろう。
「あれはくみちゃんの方から言ってくれたの、『みこちゃんがお腹を空かせているだろうから作って持っていきたいんです』ってね」
「そこでみんな分となるあたりが露木さんは優しいね、一人だけだと気になるからだとしてもさ」
「言っておくけどまちのことはなにも言っていなかったから、もうくみちゃんの中では私と村上ちゃんのことだけだよ」
「え、あ、うん、そういうものでしょ」
それより姉が名前で呼んであげているということがいいことなんだよなあ。
煽りたいというか構ってほしいからだろうけどそのことがわかっていない、こんなことを聞けても嬉しくなるだけだ。
「つまらない」
「まあ、そう言わないでよ。ほら、気分がいいから肩を揉むよ」
「なにそれ」
なにそれって言われても気分がいいからとしか返せない。
そんなことを言いつつもちゃんとやらせてくれたからもっといい気分になったのだった。
「くみちゃんぎゅー妹とは違って可愛げがあるし、なにより可愛いよね」
「ちょ、流石に教室では……」
「関係ないよ」
本を読むのをやめて姉の方を見ると「羨ましいでしょ?」とでも言わんばかりの顔でこちらを見てきていた。
正直、百パーセントじゃなくても私が気に入らないからというそれが含まれているから困っていながらも嬉しそうな顔をしている露木さんを見て困った。
やるならちゃんとそうしたいからであってあげてほしい、可愛いと言うのも〇〇と比べてじゃなくて彼女だけを見て言ってあげてほしい。
「なに妹相手にうざ絡みしてんのよ」
「くみちゃんが魅力的なのが悪い、まちが可愛げないのが悪い」
「あんたがそれを続ける限り少なくともまちの方は変わらないわよ」
代わりに言ってくれるのはありがたいけど姉がこんな状態で拗ねているとか逃げたいなんて考えていないからね、だから止めておいたよ。
「……なにちゃっかりまちのこと呼び捨てにしているの?」
「別にいいでしょ、もう面倒くさいからみんな名前呼びよ」
でも、露木さん的には私がいない方がいいから先輩を連れて出たよ、そうしたら自然とみこちゃんも来てくれたから安心した。
「あれで振るなら残酷な女よね」
「振る振らないは姉の自由ですけどああいうことをしているなら話は別ですからね」
「くみ先輩はべたべた触れたりはしてきませんでした」
「勘違いされたくないならそうするべきよね」
こればかりはいい方にいくように願うしかない。
すぐに戻る気にもならなかったから三人でお散歩、この場合だと二人が盛り上がるから付いていくだけでいい。
正直、この二人がくっついた方がいい気がする、先輩も彼女のことを気にしているから私の勝手な妄想というだけで終わったりはしないはずだ。
「そういえば今度二人で県外にいくんだって? いくときは気をつけなさいよ?」
「八田先輩も――駄目ですか?」
手を伸ばしたら優しくつねられてしまった、痛くはないけどそこに「嫌よ、無駄にお金がかかるじゃない」と加えられて残念だ。
二人がくっついた方がいい云々はあくまで内に抑えておくつもりだった、ただ私は一緒にいたいだろうから言っただけなのにこれだからだ。
「あー仮に断るんだとしてももう少し優しい言葉にしてくださいよー」
「とにかく、まちはこのうろちょろして体力を無駄に消費しそうなみこをちゃんと止めて」
「わかりました」
「じゃ、ゆっくりしましょ。みこ、こっちに来なさい」
「はい――あ、危ないですよ」
こういうのを満更でもない顔って言うんだよね。
実際、彼女の中にないんだろうか、あったら応援させてもらいたい。
上手くいったらおめでとうとお祝いをして甘い食べ物をいっぱい食べさせてあげたかった。
「おお、小さいくせに体温が高くなくて落ち着くわー」
「小さいくせには余計です、あと苦しいです」
「ふっ、羨ましいでしょ?」
「みこちゃんも嬉しそうなのでもっとやってください」
姉と先輩は本当に似ている、そんなことをしたってこちらは喜ぶだけだ。
ということはこちらを喜ばせる天才ということだ、勘違いをして好きになってしまわない私だからこそ楽しめる関係となっている。
「仕方がないわね、素直になれないまちも抱きしめてあげるわ」
「わぷ、八田先輩って……」
何故か敗北感がすごい……。
姉に抱きしめられてもここまで負けた感じにはならないのに圧倒的な差が存在している。
「あらら、まさかこんなに熱烈に抱きしめ返してくるなんてね、みこは――いたたっ、なに本気でつねってんのよっ」
耳が!? 耳元で大声はきつい……。
「はっ、ごめんなさい、気が付いたらしていました」
「はぁ、みこが怖いから悪いけどこれでやめるわね」
ああ、微妙なそればかりじゃなかったのに離れていってしまった。
まあ、仕方がないから大人しくしておくことにした。
実は意識して彼女の方を見ないようにしていたけどあまり意味もなかった。