05
「暑いですねえ……」
「うん、ちょっと今年はやばいかも」
汗っかきじゃなくても本を読んでいるだけでやばい、手汗のせいで紙がふにゃふにゃになるのも微妙だ。
七月になったからって急にやる気を出しすぎじゃないだろうか、もう少しぐらいは休んでいてもいいんだよと言いたくなる。
「でも、私がいますからねっ、後輩に甘えていいんですよっ」
「うん――じゃなくて待って、言う相手を間違えているよ」
「くみ先輩なら一人で上手くやりますから、その点、あなたは読書ばかりで弱っていても自覚できていなさそうですからね」
うーん……流石にそこまでじゃないんだけどな。
あ、そういえば告白の件はあくまで先輩の中では振られたことになっていたみたいだった。
「終わらせたからすっきりできたのよ」と言われてしまって深追いはできなかった、一緒にいる側としては暗い状態よりその人らしい状態でいてくれた方がいいことには変わらないからだ。
あれからは本当に出してこないし、いまでも彼女と一番よく盛り上がっているからそれを見たらもっとなにも言えなくなった。
「遊ぶことよりもお勉強を頑張らないとね」
「はい、場所は私の家でいいですか?」
「うん、お邪魔させてもらうね」
読書のおかげで地味に鍛えられているのか頑張ろうとする必要もなかった。
途中、注いでくれた飲み物を飲むときだけ彼女に意識を向けたりしたけど、彼女も真剣だったのもあってお喋りをしたい気持ちは出てこなかった。
学生時代でわかりやすく得られたいいところはこれぐらいだろうか、でも、無駄にはならないよね。
「まち先輩、ゆき先輩のことを教えてもらいたいんですけどいいですか?」
「うん、なにが聞きたいの? あ、先に言っておくとあんまりしつこく構ってもらおうとすると逆効果になるよ、寧ろいかないぐらいがいいかもいれないね」
「ゆき先輩ってまち先輩のことが好きですよね、ベタなそれにならないように言いますけど女の子として好きですよね」
「はは、それって聞きたいことがあるんじゃなくて言いたいことがあるんだよね」
ペンを置いて彼女の方を見るとやたらと真剣な顔をしていたから茶化すことはできなかった。
でも、違うと答えるしかない。
「構ってもらおうとすると駄目ということはくみ先輩は厳しいじゃないですか」
「そうでもないんじゃない? 実際、こっちに来るようになってからお姉ちゃんと楽しそうにしている時間が増えたよ」
「じゃあ……勝手に諦めたりしない限りは上手くいくのかもしれませんね」
「みこちゃんは――」
「好きな人が好きな人と楽しそうにできているならそれでいいです」
って言うしかないよなあ、これは私が悪い。
「大人だね、偉いね」
「わっ、……なんで頭を撫でるんですか」
「前も言ったと思うけどお姉さんぶりたいからかな」
「……まち先輩は全くお姉さんって感じがしません」
あらら、お姉さん感がなかったか。
それならと少しだけでも伝わるようにまたお勉強を始めたらすぐに止められてしまったうえに「それでも変わりませんよ」と言われてしまった。
「ここに頭を乗っけてください」
「いいの? お邪魔します」
まあ、そこまでじゃなくてもやらなければならないことはちゃんとやったしと片付けて甘えることに。
特に話しかけてはこなかったから目を閉じて休んでいた、会話がなくても気まずかったりはしない。
あまりにも心地よすぎて眠りそうになったときに目を開けてみたらじっとこちらを見てきていて少し驚いた。
「なーに?」
「やっぱり代わりにしてもらいたいです」
「いいよ、よいしょっと、はいどうぞ」
かなり遠慮がちにだったからもっといいよと言ったらちゃんと預けてくれて嬉しかった、ちゃんと許可を貰ってから髪を撫でてみたりもしたけどさらさらしていて手入れとかも頑張っているんだろうなあという感想に。
「実際、私とくみ先輩ってどういう風に見えますか?」
「仲良しのお友達って感じかな」
「隠さなくていいです」
「正直、仲良し姉妹に見えるときもあるかな……」
私と姉という姉妹の場合よりも仲良さそうな姉妹に見えるのだから面白い、が、これこそなにもなければそれだけで終わるのに好きだからそうはいかないのが難しいところでもあった。
「でも、どちらにしても仲良しに見えるならそれでいいですけどね」
「まさか――」
先輩の真似かと恐れていると「告白をして振られるまでは諦めませんよ、そこまで人としてできていません」と。
「そっか」
「もう告白をしますけどね」
「そうなの?」
頷かれてしまったけど……。
どちらにしてもなんか離れたい気持ちが強く出てきた。
いける、大丈夫と言ってあげられない自分が微妙だった。
「うーん……」
「あ、料理がきたよ」
「うん」
なにがあったのかは言ってこないけどわかる、告白をされたから露木さんはこうなっている。
そういうときにこちらを誘うのが不思議だけど知っている身としては複雑な気持ちになっていく。
だってどうなってもいい方には傾かないからだ。
「あんまり言いたくなかったけど実はさ、みこちゃんに……告白されたんだよね」
「うん」
「でも、まちちゃんに言ったように私は上坂先輩が好きなのにさ、何故か保留にしちゃったんだよね」
「中々はっきりと言いづらいよ」
「告白をする側じゃなくてされた側だけどはっきり言う義務があると思うんだ」
頬を掻いてから「ちゃんと答えずにお店に来ちゃっているから説得力がないけど」と彼女は言った。
「よし、これを食べたら言ってくるね、だから……お願いしてもいい?」
「あ……うん」
「ごめんね、だけど一人ではいたくないと思うから」
みこちゃんと二人きりのときに大丈夫だよとか言えていたところで変わっていなかったか。
食べ終えて二人でみこちゃんのお家へ、そこから少しの間は別行動をしていた。
少しあれだけど壁に背を預けて立っていると『いまから来てください』とメッセージが送られてきたから今度こそ私がインターホンを鳴らす。
「早かったですね?」
「うん、実はちょっと前まで露木さんといたんだ」
「なるほど、上がってください」
「うん」
二人きりになれたからって全てを見せてくれるわけじゃない。
でも、こちらの方が珍しく緊張していてそれに気が付かれて「落ち着いてください」と言われてしまった。
「はっきり言ってもらえて嬉しかったですよ」
「甘い物でも食べにいかない?」
「え、暑いので嫌です、それよりどうぞ」
「いや、それなら前みたいにこっちに来てよ」
「そうですか」
彼女は違う方を見たりはせずにこちらを見てきていた。
私は少しだけ見ていられたものの、すぐに違うところに意識を向ける。
「なんでそんなに気にしているんですか?」
「……だって振られたんだよ?」
「そりゃ受け入れられないならその方がいいですよ、寧ろ受け入れられていたら私が止めていました」
「……逆になんでそんなに普通なの?」
「この前のゆき先輩と同じですよ」
少しの間はなにも喋らないと決めて目を閉じた。
おかしい、とはいえ、そんな程度の気持ちだったんだねとは言えない。
露木さんには迷惑をかけてしまうけど色々と片付けるためには必要で、いまだって柔らかい表情を浮かべている内では複雑に違いないんだ。
自分の言葉のなにかが相手に刺さってしまうようなことにならないためにも黙ることが私にできることだった。
「くみ先輩の方が泣いてしまって困ったぐらいなんですけどね」
気になるけど決めたことを守るためにも頑張るしかない、が、彼女はそれを許してくれない。
こちらの両頬を両手で優しく掴んで「大丈夫ですから」と、それこそこちらの方がいま聞いた露木さんみたいに泣きたくなってしまったぐらい。
何故なのか、ここまで感受性が豊かだったかな? と自分でも驚いた。
「よしよし、大丈夫ですからねー」
頭を撫でられたせいで抑えられなくなって彼女の顔を濡らしてしまった……って、なにをしているのか。
もう慌てて廊下に逃げた、彼女が近づいてきても警戒している猫みたいに威嚇をしてなんとかするしかない。
「少なくともお姉ちゃんや八田先輩にはこのことを言わないでよっ?」
「言いませんよ、いいから戻ってきてください」
「はぁ、おかしいでしょこれは……」
ほとんど関係ないのに他の子が振られたぐらいで泣く馬鹿は私ぐらいであってほしい。
これは優しいとかそういうわけじゃない、ただただ私からしたら恥を晒しただけだ。
「大丈夫とか言ってあげられなかったのにこれでださいよね」
「そういうものじゃないですか? 相手とこの場合なら私次第ですし」
「……やっぱりなにか食べにいこ」
「わかりました」
お店に寄った際に早めの夜ご飯を食べてしまっているからそこまで余裕はないけど食べることでなんとかするしかない。
お祭り以外でかき氷を食べるのはお財布的にあれだからコンビニでアイスを買って食べた。
少し冷えたことで頭も冷えてよかった、でも、これ以上は無理だったから解散にさせてもらった。
姉も今日は特に話しかけてきたりはしなかったからさっさと入浴を済ませてお部屋にこもる。
滅茶苦茶恥ずかしかった、離れたらなんとかなると思っていたのに寝られそうになかった。
そういうのもあって夜なのをいいことに外にいた、ぼうっとしていたら明日の朝までにはなんとかなってくれるはずなんだ。
「休みたい……」
でも、駄目だったからなんとか風邪を引けないかと遅くまで粘ってみた。
結果、風邪は引けずにただ眠たいだけの自分が出来上がっただけだった。
「まち先輩起きてくださいっ」
「んー……放課後になったらちゃんと付き合うからいまは放っておいてー……」
「駄目ですよっ」
今日は教室から逃げたりもしていないのにずっとこれだ。
眠たすぎてやばい、授業中も油断していると瞼と瞼がくっついている。
彼女の前でだってわかりやすくそういうところを見せているのにお構いなしというか、なんかやたらと楽しそうなんだ。
先輩の場合と違って振られたのに、相手の人を泣かせてしまったのにこれでいいんだろうか。
「み、みこちゃん」
「くみ先輩も手伝ってくださいっ」
「まちちゃん」
「わかったよ……」
普通にしているだけでも露木さんのそれは効く。
座っていると駄目になるから廊下に連れ出した。
とりあえずは二人で会話をしてくれていたから青い空を見てなんとか耐える、うん、奇麗だ。
「昨日はごめんなさい、あ、告白をしたことについて謝っているわけじゃないですからね? 止められなかったことを気にしているんです」
「いや……私こそごめんね、まさか涙が出ちゃうとは思わなくて」
「大丈夫ですよ、はっきり答えてくれてありがとうございました」
一瞬、こちらを見た気がするのは気のせいじゃないと思う。
だけど彼女は約束通り、教えたりはしなかった、そういうところは本当にいい子だ。
昨日まであった恥ずかしい気持ちも複雑なそれもどこかにいったから放課後に頑張るためにも教室に戻って寝ることにした、そうしたら何故か頭の上に体重をかけられて困った。
「みこから聞いたわ」
「ああ、だけど本人があんな感じでこっちの調子が狂いました」
「あの子は意外と強いからね」
姉もやってきて何故か反対側から抱き着いてきた。
いまは甘えるべきだから抱きしめ返しておく、そうしたら頭を撫でてもらえてもっとよくなったから今日も大丈夫だ。
ただ、構ってもらえて嬉しかったけど構ってもらえすぎて寝られなかったから結局、放課後は突っ伏すことになったけど。
「起きてくださいよー」
「みこちゃんも一緒に寝ようよー」
「わっ、ちょっ」
なんてね、自分が寝られればそれでいい。
公園では迷惑になるからあの場所までいって寝転ぶ。
足音で彼女が付いてきているのはわかったけど気にならなかった、頑張って目を開けてみたら呆れたって顔をしていて笑ってしまった。
「明後日はお休みなので海を見にいきませんか? 水着を着るのは夏休みでいいですから」
「いいよー」
「ありがとうございます、それなら私も同じようにしますね」
夏だけど暑いということもなくて寧ろ温かくていい。
海まではそれなりに距離があって、明日はちゃんとお勉強をしなくちゃいけないからいまの内に休めておくんだ。
そうしたら前と同じでいつもの私でいられる、相手のことを考えて行動することができる。
「振られた状態でもすぐにそれってどうなの?」
「やっぱりまちって村上ちゃんを優先しているよね」
正直、これはありがたかった、何故ならこれで寝てしまっても彼女は困らない。
あとは一気に休んでなんとかしたいから適度な喋り声というのもありがたいんだ、だから今度こそ計算通りになった。
完全下校時刻前にまだ残ってくれていた彼女が起こしてくれたため、気持ちのいい状態で帰路につける形となる。
「へえ、あの二人はすぐに帰っちゃったんだ?」
「はい、つまらないから帰るって言っていました」
「それってなんか酷くない? みこちゃんが可哀想だよ」
というそれも微妙か。
「別に気になりませんでしたよ? あの二人といるよりもまち先輩といられる方が気楽ですし」
「あ、お姉ちゃんがいたからでしょ、八田先輩だけだったらそっちの方がいいよね」
「え、そんなことありませんよ、二学年も離れていると前々から一緒にいても気になるものです」
あーわからなくもないな。
小学生のときに何度も姉のお友達と二人になって優しくしてくれたけど気まずい時間も多かったとのことが浮かんできた。
だから姉がいてくれているときは嬉しかったし、今日みたいに甘えていた、そのため強くは言えない。
「とにかく土曜日はよろしくお願いします」
「うん、ちゃんと暑さ対策をして楽しもう」
「ある程度見たら……」
「うん?」
「いえ、そのとき次第で変わると思うので」
確かに、意外と悪くなくて朝から夕方までずっと向こうにいるなんて可能性もある。
お金もそれなりに持っていこうと決めた。