03
「上坂ー」
「ん……ああ、八田先輩でしたか」
気持ち良すぎてついつい寝てしまっていた。
問題なのはこの場所が教室やあの外のベンチというわけではないこと、つまり新たなスポットが見つかってしまったことになる。
「村上と露木にまこを取られちゃったからあんたが相手をしてよ」
「それならここから離れましょう、たまたま落ち着く場所で寝ていたというだけの話ですから」
わかってほしくない、来てほしくない。
どうせ暇をつぶしたいから来ているだけなのだからどうでもいいはずなんだ、姉や二人が相手をしてくれないなら他の人に頼めばいいんだ。
移動教室やトイレ以外で離れているときは誰かといないからそうしているんだとわかってもらいたかった。
「嘘つき」
「別に嘘じゃないですよ」
離れられたらほっとした、先輩も特に触れてきたりはしなかった。
学校から離れて少ししてまたファミレスにいきたいとぶつけてきたため寄った。
ジュースを注ぎにいったついでにぐるりと見回してみたものの、今日は姉達もいなかったからそれにもほっとした。
「上坂、あんたいま学校がつまらなかったりしない?」
「特には、授業を問題なく受けられて読書をできればそれでいいので」
「羨ましいわ、私はいまつまらないのよね」
前に読書は好きになれないと言っていたからアドバイスできることはない。
余計なことは言わずにジュースを飲んでいると「あんたのせいでもあるけどね」とぶつけられて吹きそうになった。
八つ当たりはやめてもらいたいし、そこまでの影響力はない、全ては姉と上手くいっていないからなのに逃避をしたところで意味はない。
「教室にいる回数が減ったからよ、まさかあんなところで休んでいるとは思わなかったわ」
「どこにいようと変わりませんよ」
「そう思っているのはあんただけだから」
表情を作るのが上手だ、みこちゃんが相手だったら「な、なにもそんな顔をしなくても……」となっているところだ。
が、やはりこちらのせいにされても困るから関係ないですよと言わせてもらった、読書をしながらでも話を聞くことができるから読み始めた。
あまり読めていなかったのは自分のせいだけど気になったのもある、お勉強をした時間と同じぐらいとまではいかなくてもそのぐらいのつもりで予定を組んでいるのもある。
「ん? あ、雨ね」
「傘を持ってきているんですか? 持っていないなら早く帰った方がいいですよ」
「持っていないけど……あんたは?」
「私なら折り畳み傘を持っているので大丈夫です」
いや違う、今日の先輩とはいたくないから傘を渡してでも一人になりたかった。
意外にも言うことを聞いてくれてお金を置いて先輩は出ていった、傘の方もちゃんと受け取ってもらえて嬉しかった。
一人になってしまえばこのまま残っていても迷惑にしかならないため少し時間が経過してからお会計を済ませて外に出た。
雨はやむどころか強くなっていたものの、本さえ濡れなければそれでいいから別に気分が下がったりはしない。
なんとなくそのまま帰る気持ちにはならなくて公園の屋根がついているベンチに座ってぼけっとしていた。
「にゃ~」
びしょ濡れの猫が出現、そのまましゅたたと横に座ってきたから持っていたハンカチでできる限り拭いておく。
あまり意味はなかったけどそれでもゼロよりは、びしょ濡れよりはと考えて意識を前に戻したときのこと、知っている存在が近づいてきて立ち上がった。
「最近はこういうことが増えたね」
「まちが悪い」
二人と遊びにいったはずの姉だった、その姉は微妙そうな顔でこちらを見ていたけど。
「ゆきに傘を貸して自分は濡れるとか馬鹿でしょ」
「二つあるように見えたんだよ」
「嘘つき、それに他の子に浮気とはね」
「タマだって許してくれるよ、濡れたままだったら風邪を引いちゃっていたかもしれないんだからね」
飼い猫と野生の猫ということで差はあるかもしれないものの、同種族なんだから心配をするはずなんだ。
「いいから帰るよ、これ以上は駄目だよ」
「うん、お姉ちゃんならいいよ」
姉がはっきりしてくれればとは思わない、誰が悪いというわけじゃない。
でも、つまらない状態からなんとかしたいなら先輩自身が頑張るしかなかった、頑張れなくても私にとっての読書みたいななにかいい方法を探す必要がある。
出てくる前にお風呂を溜めてくれていたらしいから入らせてもらった。
いまは一緒にいたくないというマイナスな感情があってもお風呂は最強だった、出たときには全て消えた。
ただ、どうせ明日になって先輩の顔を見てしまえば戻ってくることはわかっているから最高の状態にはならなかったけど。
「読書をしてもいいけど監視のためにいさせてもらうからね」
「はは、いいよ?」
「笑っている場合じゃないから」
姉がどうしてこんな顔をするのかはわからなかった。
最強のタマが来たら「うりうりうりー」と楽しそうでよかったけどね。
「ふふ、これ面白い」
本の内容は当たりだし、なにより一人で静かだ、先輩だって来ないから落ち着く空間となっている。
もう誰も来ないなら荷物を置いていきたいぐらいだけど流石にそれはね、非常識だからできないけど自分だけの空間にしたいぐらいだった。
「あの、最近ここにいきすぎじゃないですか?」
「あれいたんだ? もう、普通に声をかけてよ」
正直に言ってどう現れても心臓に悪いから変わらないと言えば変わらない、でも、自分の心臓を守るために動かなければならないときもある。
「なんか避けていませんか?」
「避けていないよ、八田先輩が来ていないだけでしょ」
「なにかあったならちゃんと謝って仲直りをしてください」
「みこちゃんと露木さんがいれば大丈夫だよ、二人がいないときでもお姉ちゃんがいるんだから完璧だよね」
少なくとも見える範囲では露木さんのアタックタイムも終わって姉は先輩とばかりいるようになった。
同級生で遠慮もする必要がなくてちゃんと言いたいことも言える者同士、お付き合いをすることは無理でもずっとお友達ではいられると思う。
まあ、先輩にとってのゴールがそこではないから差が気になって自爆的なことをしてしまうかもしれないものの、少なくとも現段階では誰よりも機会を貰えているんだ、上手くいかなくても文句を言える立場ではない。
「私はまち先輩もいてくれなくちゃ嫌です」
「そうかな、私が消えてもなんにも問題もなく進むよ」
自分から距離を作っているくせに被害者面をしているわけではないから誤解をしないでもらいたかった。
どう考えてもあの中でなら私だけが必要ないというだけ、逆に自分が必要だ! などと考えていたら自分に引く。
「なんでそんなにマイナス思考なんですか」
「別にそんなことはないけどなあ」
なにもかもを悪い方に考えるなら彼女にだってこの場所を教えずに一人でこっそり生活しているところだ、話しかけられてもお腹が痛いからとかその場その場で理由を作って逃げているところだ。
「まったく上坂は本当に困る存在ね、村上ほいほいだからいちいち移動する羽目になるもの」
「丁度いいところに来てくれましたね、さ、みこちゃんを連れ帰ってください」
「それをすることで私になんのメリットがあんの?」
「みこちゃんといられます、露木さんだって自然と来てくれるようになりますよ」
知った三人が集まっていれば姉だってやって来る、そうしたら求めている者同士で仲良くできるわけだ。
まさか自分からそうならないように動きませんよねという気持ちを込めて見ていると「そ、じゃあ村上は返してもらうから」と伝わった、みこちゃんも抵抗をしたりはしなかった。
いい点はもう放課後で結局私も戻らなければいけない状態ではないこと、それと新しい本も買ってきているからいまのこれが終わってしまっても帰ることにならなくて済むというのが大きかった。
「はっくしゅっ、埃がすごいことは気になるなあ」
結構な頻度で埃を含めて色々なものを飛ばしているのは微妙だ、時計なんかは設置されていないからスマホを点けたり消したりというのもよくない気がする。
それでも一番悪いのは捗りすぎたときに出られなくなりそうだという恐怖、あとは本当に誰も来ない場所だから暗くなると地味に怖いのもあった。
「にゃ~」
「え!? ……って、趣味が悪いよ」
「ゆきが村上ちゃんと盛り上がっているから妹に甘えるしかなかったんだよ」
こんなことばかりだな、私も強気に対応ができなくて結局は誰かと一緒にいる。
「この前の子が挨拶をしにきてくれたんだ」
「あれおかしくない? 挨拶をするなら私にでしょそこは」
どうせ姉の話も嘘だけど乗っかっておこう、こうなれば読書なんかはできないからどちらにしろ付き合うしかないからね。
「ははっ、猫ちゃんに厳しい妹だね」
「いやまあいいけど、元気ならいいよ」
「私はまちのせいで元気じゃないけどね」
付き合ってあげようとした口も止まってはっきりと言いたくなってしまった。
どうしてこんなに適当で、また、少しだけでも気になってしまうことを言えてしまうのか。
私のことをただ跳ね返ってくるだけの壁だとでも思っているのだろうか?
「みんな適当だよね、私はそんなことを言われても嬉しくないけどね」
「そりゃそうでしょ、これで喜んでいたらMな子ってことになっちゃうよ」
「八田先輩も同じことを言ってきたんだ、似た者同士ということで二人で過ごしたらどうかな」
帰ろう、タマを足の上に乗っけつつ読書をした方が遥かにいい時間となる。
いい場所と言っても椅子があるわけでもないうえに床はどことも変わらずに硬いからね、どうしたってお家が、お部屋が最強であることには変わらない。
姉に気に入られたいから、近づきたいからという理由でこちらにも来るということなら不仲になってしまった方がよかった。
「上坂さーん」
「よ……っと、うん、試合をしなければバレーも楽しいね」
「私は中学生のときのことを思い出してうずうずしてくるよ、早く試合がしたい」
え、やばい、私はこのまま緩くおしまいでいいんだけどな。
でも、どうしたってそこからは避けられないから頑張って合わせていた、その結果、使えないとか言われなく済んだ。
体育が終わったら構ってちゃんにならないように、というか、放課後以外はこれでもいかないようにしているのもあって教室でゆっくりする。
「まち先輩、今日の放課後ってなにか予定とかありますか? ないなら遊びにいきたいんですけど」
「いいよ? どこにいこうか」
お金はあるから遊んだ後にご飯を食べるのもありだ。
いまは食べることでなんとかしたいのもあった、仮にそれがなくてもお家で食べればいいからどう転がっても喧嘩みたいにならなければ私の勝ちだった。
「カラオケ屋さんにいきたいです、大丈夫です、私とまち先輩だけですよ」
「別にみこちゃんが呼びたいなら露木さんでも八田先輩でもお姉ちゃんでもいていいけどね」
「な、なんで私には優しいんですか?」
「とにかく、誘いたかったら誘っていいからね」
よし、それなら今日はそのつもりでいよう。
放課後になったらあそこにいくというそれをずらして昼休みはあそこで過ごした。
相手をしてもらえればそれでいいのか付いてきたりはしなかった、だからそのときもいい時間になった。
放課後になったら約束通りみこちゃんとカラオケ屋さんへ、メンバーは露木さんと私達二人という形に。
「八田先輩は誘っても受け入れてくれませんでした」
「そうなんだ、じゃあ三人で楽しもう」
とは言ったものの、本命と二人きりでいたいはずなのにこれでいいのかと考えてしまったりもする。
でも、誘われて私はそれを受け入れたんだ、あとは恥ずかしいとかないからちゃんと歌ったよ。
「すやぁ……」
「ふふ、さっきまで元気だったのに村上さんって面白い」
「お会計を済ませて帰ろうか、あ、ただ私だと力不足で危ないかもしれないから露木さんにこの子を頼んでもいい?」
「うん、じゃあお家まで運ぶよ」
「荷物はこっちが持つからね、帰ろうか」
読書をしているときと同じぐらい一時間はあっという間だった。
緩くお喋りをしながら帰っている最中、どうしてみこちゃんが一生懸命にならないのかがよくわかった。
だって彼女が好きなのは姉だからだ、一生懸命になったところで動く側のみこちゃんは気になるに決まっている。
「今日は来てくれてありがとう」
「上坂さんがお礼を言う必要はないよ、寧ろお世話になったのはこっちだからね。ありがとう上坂さん」
「お姉ちゃんとはどうなの?」
「難しいよ、やっぱり八田先輩といるときの方が楽しそうだからさ」
「あー……露木さんとこの子と八田先輩は仲がいいけどお姉ちゃんは別だもんね」
先輩だけが繋がっているわけではないけどどうしても差がある、まあその姉は最近こちらのところにばかり来て新たな問題を作ってくれているけども。
というか、私のせい云々はそこからきているのだろうか? 姉はまた別枠ということで先輩からのそれは受け入れなければならないことなのかもしれない。
「うん、あと、正直に言って相手をしてくれるならそれだけでいいと考えちゃう自分もいるんだよね」
「わかる、深く求めたらそれはそれで問題が出てくるからね」
「そうっ、あとは上坂さんと仲良くしたいのもあるんだ」
な、何故そうなるのかはわからないけどそういうことなら仕方がないよね。
「この場合はお姉ちゃんじゃなくて私か、はは、紛らわしいね」
「だからまちちゃんって呼んでもいい?」
「いいよ?」
「ありがとうっ」
また姉が「まちのせいだけどね」とか言ってこなければいいけど……。
あ、結局不仲の方が云々はあの場だけのそれだから上手く合わせることで喧嘩みたいにならなければいいという風に変わっていたのだった。