02
「あ、まだ残ってくれていてよかったわ」
嫌な予感はしないけどいいことになる可能性も低い、だからいまは微妙な状態だった。
それでも読んでいた本を片付けて聞く体勢に入る、こうしておけば先輩の期待に応えられなくても満足してくれる。
「村上が見つからないから手伝ってほしいのよね、もう家に帰っているだけならいいんだけどそうじゃないならあれだから」
「わかりました」
みこちゃんが一人のときにどこで過ごすのかは知っている、そういうのもあっていってみるとそこですやすやと寝ていて笑いたくなってしまった。
でも、夜に寝られなくなってしまううえに風邪を引いてしまうかもしれないから優しく起こすと目を擦りながら「おはようございます」と言ってくれて今度は笑った、あと可愛い。
「八田先輩が探しているからいこ? あと、もうちょっと気を付けないと危ないよ」
「ふぁ……ここはまち先輩しか知らないので大丈夫ですよ、それと八田先輩はどうして私を探しているんですか?」
「心配だったみたい」
「でも、教えたくないんですよね」
まあ、そこは自由にしてくれればいい。
手を繋いで教室まで戻ると今度は私の席で先輩が寝ていた、探す云々はもしかしたら嘘だったのかもしれない。
とりあえずこちらも起こすと「どこにいっていたのよ」と少し拗ねたような顔をしている先輩、みこちゃんは気にした様子もなく「学校で休んでいただけです」と答えていた。
「帰るわよ」
「はい」
読書をするために残っていこうとしたら彼女に腕を掴まれて駄目になった。
一年と三年ということで気になるのかもしれないけど幼馴染みたいなもの……らしいため、遠慮をする必要もないのにこれだ。
頼まれたら、というか、求められたら勝手に帰ったりはしないけど言いたくなる、だから常に試されているようなものだった。
「つかあんたはなんで露木と一緒にいないの?」
「それは露木先輩がまち先輩のお姉さんと積極的に過ごそうとしているからです、好きな人の邪魔にはなりたくないじゃないですか。それに八田先輩だってそうですよ、お姉さんといないじゃないですか」
ちなみに姉の名前はまこだ。
「可愛い後輩の邪魔をしたくないだけよ、空気を読める存在なのよ」
「なら言わないでくださいよ」
「まあそれは……」
雰囲気が微妙になってもまあまあと止めることはしない。
出しゃばらなくてもこの二人は勝手に上手くやる、私は次に買う本のことでも考えていればいい。
というか、未経験女が出しゃばったところでちくりと言葉で刺されて終わるだけだからね。
「手を上げて、うん、こっちを見ないまま移動して」
露木さんが積極的に行動をするようになってからこういうことが増えた。
けどこれは興味を持たれているわけじゃなくて私のところにはみこちゃんも先輩も何故か集まるからだ、姉としても二人と一緒にいたいのだ。
それかもしくは気に入らないからという可能性もある。
「今日は一緒に帰っているんだね、この前となにが違うの?」
「残ろうと思ったらみこちゃんに腕を掴まれちゃったの」
「可愛い後輩の言うことは聞きたくなっちゃうんだね」
「それはお姉ちゃんもそうだけどね」
振り向かないまま歩いていってしまったから距離ができていた、流石に適当にはできないから追いかけた。
「あれ、気が付いたら変な人間がいる」
「余計なお世話、それよりまちを連れ出してくれてありがとう、これからもよろしくね」
「ま、できる範囲でならやってあげるわよ」
ん-姉がいるとみこちゃんが喋らなくなるのが気になることだった、こうなると余計なことをしたくなる。
「みこちゃん、明日は露木さんのところに連れていってあげるからね」
「……来てくれたときだけでいいですよ」
「だけどそれだと毎日同じ結果にしかならないから気になるんだよ、あと、ちょっとお姉さんぶりたいんだよね」
「なんですかそれ……」
届かないまま終わるとしても同じぐらい一緒にいられる機会があってほしいと思う。
だけどこれは勝手な押し付け、いやいまのだって同じようなものだから褒められたものじゃないけど駄目なのだ。
というわけでちゃんと言っておいた、近づいてきたら私はすぐに余計なことを言ってしまうと、それが嫌なら離れておくべきだとね。
彼女はそのことについては特になにも答えなかったのと、先輩にまた「村上を連れていかないでよ」と言葉で刺されてしまったから無理になった。
「上坂さん」
なんでみんな同じようなことをするのか……。
別れ際にわがままを言えずにそのまま解散にしてしまっているからか、先輩以外は年上が相手だからやりにくいか。
「八田先輩って村上さんのことを気にしているよね」
「なんで名前で呼んであげないの?」
「前に名前で呼んだんだけどまだ早いって言われちゃったんだよね」
なにをしているのか……。
これだけ聞いていると恋はしない方がいいようにしか思えなかった。
よく教室の椅子に張り付いている私だけどこちらにもみこちゃんのように気に入った場所がある。
それは晴れていれば春夏秋冬落ち着く場所だ、冬の場合はちょっと冷えるけども。
「やった、今日も誰もいない」
思い切り目立つところに設置してあって人なんかもすぐに来てしまう環境でも気にならなかった。
設置されているベンチに座って本を読めると最高の時間になっていく。
それなのによく教室にいる理由は外ということで移動するのに時間がかかるのと言ってしまえば本を読めればどこでもいいという矛盾めいた思考をしているからだ。
「私から逃げられると思ったら大間違いだけどね」
「またみこちゃんを探しているんですか」
できれば違うと言ってもらいたかった、でも、外にまで来てしまっている時点でその可能性は低いことがわかる。
何故なら私のためにいちいち来たりはしないから、だからせめて露木さんとか姉のことであってほしいと再度願っておいた。
「うん、で、どこにいっているのか教えなさいよ」
それでもここは上手くいかないようになっているのだ。
「駄目です、本人の許可を貰ってきてください」
これに関しては前にも聞かれたけど答えるわけにはいかない、何回も聞けば違う人の大事な情報を吐くような人間だと思われているのも嫌だった。
「じゃあいいわ、よっこいしょっと」
「座っても答えませんよ」
「だからいいって言っているじゃない、いま戻っても暇だからこうしているだけよ」
「なんでお姉ちゃんと過ごさないんですか? 前にも言ったように露木さんにだけ協力をするわけじゃないので連れていってあげますよ?」
「変な遠慮をしているわけじゃないから気にすんな、あんたは本でも読んでな」
ならいいか。
お昼休みはお弁当を食べることと読書だけで終わった、本当になにも言ってこなかった。
授業が始まったらしっかり切り替えて頑張って、放課後になったら今日はそういう気分だったからまたあそこに向かう。
ここのいい点は捗りすぎて周りに意識がいかなくなっても暗くなり始めたところで気が付けるということだ、遅い時間にお家に帰って姉や母に呆れられてしまうこともない。
「ねえ上坂」
「露木さんやみこちゃんのことを名前で呼ばないのはなんでですか?」
「前々から一緒にいるけどお互いに求めていないからね、それよりちょっと付き合ってくれない?」
「いいですよ」
目的地はファミリーレストランだけど食べることが目的ではないようだった。
ドリンクバーだけを注文し、ジュースを注いできた私達、対面に座る先輩は難しい顔でこちらを見てきている。
これは逃避のためではないけど甘いジュースは美味しくてよかった、お家にもあるけどおかわりは中々できないからね。
「正直さ、露木が頑張っているところを見ると動こうとしたときになにをしているのかって引っかかるのよね。そもそも後輩の邪魔をしてまで、まこのことを考えずにいいのかってね」
「姉のことはともかく露木さんのことを気にする必要はないと思います」
そこまで気にしていたら恋なんかできない。
あと、恋はしない方がいいというのはあくまで自分にとっての話だから変な考え方をしているようならはっきりと言わせてもらう、こうして別の場所で集まって二人だけなら尚更そうする。
「でもさ、邪魔をしておきながら集まったときには友達みたいな感じでいるのってアレでしょ」
「私はみこちゃんに無理やり絡んでいるようなものですし、お友達みたいな感じでいることも難しいからわかりません」
でも、中途半端にやるなら、それこそ姉のことを考えるならやめてしまった方がいい。
どっちにとってもいい時間にはならない、特別な関係になるために動いていないときでも邪魔になって自然な感じではいられなくなる。
「はあ……みんなに優しいってだけなのになんで好きになってしまったのかしらね、好きにならなければ露木や村上の応援だけをできたのに……」
「八田先輩のしたいようにしてくれればいいです」
なんか吐いてくるから中途半端に知っているだけで私はそこに加われたりしないのだから。
始まるのも終わるのも全て自分とは関係ないところでだ。
「なにか注いできますよ」
ぶれぶれで自分のせいで疲れてしまうことも多かった。
一人なら読書をすることでごちゃごちゃ考えずに済むから私はあの時間を求めている。
多分、幸せ者なんだと思う、自然と誰かが来てくれるのは本当はありがたいことなんだ。
「ゆきにはメロンソーダとこれを混ぜるのがおすすめだよ」
「高校生にもなってミックスを好むのはお姉ちゃんぐらいじゃない?」
姉の方を見てみると奥の席に露木さんとみこちゃんがいることにも気が付いた。
姉はそのことがどうでもいいのか「違うよ」とミックスについて一生懸命だったけどこれには微妙な気分になる、私なんかいいからもう四人で行動しようよ……。
「うわ、遅いと思ったけどそういうことだったのね」
「ふふ、私がいるのにこそこそはできないよ」
「「はあ~」」
明日、違うわからない場所を探そうと決めてから席に戻った。
「ここかな」
今度はそこそこ明るくて人気が全くないところを見つけることができた。
床に直接座ることになるけど誰かが来てしまうよりはマシだ、早速読書を始めよう。
独り言を吐いても誰にも見られない楽さ、だらりと寝転んでも少し汚れるだけで済む場所、すぐに好きになった。
教室から距離がそこまでないというのもいい、晴れていなければ微妙だった外とはもう違うんだ。
あとはここがばれないようにすればいい。
「あ、どこにいっていたんですかっ」
みこちゃんになら教えてもいいか。
「ならあそこで過ごせばいいじゃないですか」
「あそこはみこちゃんが一人で過ごしたいときに利用したい場所でしょ」
何回も言っているように本さえ読めればそこまで気にしていない私でも先客がいればなんだいるんだって考えてしまう、少なくとも知っている私が彼女の邪魔はしたくない。
「でも、一緒に探した場所ですからまち先輩ならいいですよ」
「はは、そもそも私達の場所ではないけどね」
「知られない限りは私とまち先輩の場所です」
あ、いつの間にか先輩がいた。
彼女の後ろに立っているから気が付いていないけどこのまま黙っているような人じゃない、どうなるのかは容易に想像できる。
「教えなさいよ」
こうなって、
「教えませんよ」
こうなる、延々と同じところで盛り上がるだけだ。
好きである露木さんが相手のときとは違って彼女も結構強気に対応をすることができるから止まらなくなる、だけど先輩はこのときが一番楽しそうなんだ。
露木さんが好きな彼女のことを考えなければ先輩は彼女のことを好きになった方がいい気がした。
「あんたもしかして露木じゃなくて上坂が好きなんじゃないの?」
「まち先輩は優しいから自然と優しい自分が出てくるだけです」
「はは、自分で言ったらおしまいじゃない」
「でも、可愛げがあると思いませんか?」
「そうね、あんたみたいになりたかったわ、可愛いからまこだって気にしてくれただろうし」
先輩は上手い、誰よりも彼女のことを攻略できている。
「かわっ!? ……な、なにを言っているんです?」
そして彼女は露骨というかそういう反応をするから毎回言われるんだと気が付いた方がよかった。
ただまあ、こういう彼女だからこそ大事なことだって吐けるし、動きたくなるんだけど。
「だからそういうところよー」
「ゆきはすぐに口説こうとするよね」
もうこれ先輩のこと好きすぎでしょ……。
嫉妬しているようにしか見えない、それで私と同じように我慢をしきれなくなって突撃してきているんだ。
「あんたが相手をしてくれないのが悪い」
「こっちにも可愛い可愛い後輩が来てくれているからね」
「勝負よ、私はもちろん村上を育てるわ」
「なら私は露木ちゃんを、って、乗らないけどね」
この人も余計なことを……。
そりゃ諦めたくても本人がこうして甘いことを囁いてくれていたら諦めきれない、悪いのはその気にさせているこの人達の方だ。
予鈴バリアのおかげでみんな戻ってきてくれたけどこんなことが増えれば余計に離れたくなるもの、絶対に先輩と姉には教えないようにしないとね。
でも、馬鹿じゃないからすぐに離れたりはしなかった、今日は大人しく教室にいた。
今日は自然と集めてしまうなにかが発動してしまうわけでもなく興味は持たれなかった、珍しくいい気分で学校をあとにすることができた。
一人の帰り道、お家に着いてからも一人で落ち着く、食事も入浴も済ませて完璧な一日へ、
「入るよ」
うん、姉が来ようと変わらないよね。
「明日、村上ちゃんと露木ちゃんの二人と遊んでくるね」
「うん、気を付けてね」
それだけかーい。
キャラが崩壊しかけるからできるだけいまみたいなのはやめてほしかった。