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八月二十四日、夏休み最終日になった。
それでも私達は依然として集まってゆっくりしている、もう集まるのが当たり前のことみたいになっていた。
あ、関係は変わったりしていないけど。
「明日から学校だと思うとテンションが下がります、なくなってから休日のありがたさがわかるんですよね」
「でも、頑張らないとね、そのうえで一緒にいられたらいいと思わない?」
私はその方がいい、なんにも頑張らないで手に入れられてしまったらつまらないのもある。
面倒くさい人間というのは認めるしかない、でも、誰だってこんな感じではないだろうか。
「……まち先輩はこうして一緒にいても特になにもしてくれませんけどね、それこそ頑張ったときも『偉いね』って褒めてくれないじゃないですか」
「頭はよく撫でてきたと思うけど」
先輩やくみちゃんのときとはわかりやすく態度を変えていた、だから結構触れてきたつもりだ。
手を繋いだりはしていなかったけど頭は特にだ、上手に甘えてくれたとき以外にもしていたからそういうことになる。
「はっ、そう考えるとまち先輩って怖い年上さんですね、何人がその手に惑わされてきたか……」
「みこちゃんぐらいしか負けていないよ?」
そもそも他の子は近づいてきてはくれなかったからね、影響を与えようがないというやつだ。
「うっ」
「あ、ごめん、ちょっと調子に乗っちゃった」
複雑なそれをどこかにやるために本を開くとすぐに栞を置かれてしまった。
それから私の足に座って「私だけでよかったです」と、向こうを向いているからどんな顔をしているのかはわからないけど多分安心したような顔をしていると思う。
「ゆき先輩は怪しかったですけどね、私がいなかったらまち先輩にアピールをしていたんじゃないですか?」
「私はゆき先輩も好きだからそれでもよかったのかもしれない――痛い痛い……」
「その場合だと私はそもそもいないってことになるじゃないですか、つまりいらないってことじゃないですか」
「いなかった場合の話だから……」
自分から出してきたのに乗っかったらつねってくるのはずるい……。
「なので今日っ、私はまち先輩を貰います!」
「も、もう少し静かな声でもちゃんと聞こえるよ」
「ふぅ、立ってください」
「うん」
立ち上がった瞬間にがばりと抱きしめられたうえに「好きです!」と告白をされてしまった。
こちらも抱きしめ返して同じように返す、抑え込んでいるだけかもしれないけど文句も言ってきたりしないで「ありがとうございます!」と多分喜んでくれていた。
「さ、ゆき先輩に報告にいきましょう」
「そうだね、初めはゆき先輩でいいね」
少しの距離でもまだまだ外は暑かった、それでも汗はかかずに済んだ。
先輩のお家でも隅っこに座っておくこともなかった、ソファを独占していたから床に座ることにはなったけどね。
「あーあ、みこがいなきゃまちは私が貰ったのに」
「もしかして告白をせずに終わらせたのって――」
「別にそれはみこのためじゃないわよ? ただどうしたって振られるからやめただけよ、情けない――いったっ!? な、なにすんのよみこ!」
うん、止めたくても流石に急に引っ張るのは危ないからやめた方がいいと思う。
こう優しく肩に触れるとかで十分だ、先輩だって本当は止めてほしいだろうからね。
これも先輩なりに甘えているのかもしれなかった、だったら私達にできることはそうじゃないよと言葉を重ねていくことだ。
「私はこれからゆき先輩の弱気発言を聞く度に止めようと決めたんです、なので駄目です」
「い、いやっ、あんたの攻撃のせいで弱気な発言をしたときよりもダメージを受けているんだけど!?」
「はは、それならまだいいダメージですね」
「いやよくないから!」
お家だから違う場所に逃げることはしなかったものの、私を盾にするように後ろに隠れた。
「おめでと」
「ありがとうございます」
可愛げのある好きな子がいた後輩の女の子とこうなるなんて思わなかった、他とみこちゃんで露骨に態度を変えていたからそれが影響を与えていたとしたら少し申し訳ないぐらいだ。
ただ、これをそのまま伝えたらつねられてしまったからもう言わないようにするけど。
「そうねえ……よし、ここは先輩としてご飯を奢ってあげるわ」
「本当ですかっ? まち先輩いきましょう!」
「いや、私が払いますのでゆき先輩も食べたい物を食べてくだ――な、なんでですか?」
一つも素直に受け取ってくれない、別に後輩に動かれたって恥ずかしいことじゃないんだから受け取ってほしいところだ。
それこそ先輩みたいなタイプなら「なにかしなさいよ」と積極的に頼ってきそうなのになんでだ、私のことを気に入ってくれているのかそうじゃないのかがわからない。
「あんたの中では私がいいことをしたからそうしようとしているんでしょ? 別にいいから、それにあんたの方に世話になってばかりじゃない。だからいくわよ、お腹が減ったのもあるから早く」
「あ、ちょ、引っ張らないでください……」
ご飯は美味しかったけどレジ前で争いになっても迷惑になるだけだから結局は諦めるしかなかった。
お店から出た後は「ふっ、私は負けないわよ」とこちらを煽るようなことを言ってきたし、初めてぐぬぬ……という気持ちになったのだった。
「なんで妹から直接聞けないんですかね」
「お姉ちゃんが遊びにいっていたからだよ?」
「どうだか、ゆきがメッセージを送ってきていなかったらこのままでいいかもとか考えていたよね」
いや、お付き合いを始めた最終日も学校が始まったいまでもずっとそうだったから無理だったんだ。
私だって道具を使って伝えたくはなかった、だから待っていたのに駄目だった。
家族なんだからいつでも言えるだろと言葉で刺されてしまうかもしれないものの、話しかけても「いまは忙しい」などと言って躱してきたのが姉なんだ。
「まちちゃんおめでとう」
「ありがとう」
そのままこちらにぐいっと顔を近づけて「あのね、ここだけの話だけどね? みこちゃんからまちちゃんへの気持ちを聞いていたからちょっと焦れたかったよ」と、知らなかったのは私だけだと知って複雑な気持ちに。
こういうことを聞く度に言いたくなる、だからそのときは彼女とみこちゃんが仲良くなれるように動いていたんだと、これじゃあいい迷惑にしかなっていなかったということじゃないか、と。
「それっていつから?」
「去年の夏だねー」
しかもピンポイントなそれで……。
そりゃこの子とあの子の間になにもないわけだ、好きな子がいる子となにかが起きようもないんだ。
まず魅力的だとしても動こうともしない、こればかりは彼女が悪いわけじゃないからどうしようもなくなる。
「そ、そうなんだ、疲れさせちゃってごめんね」
「いやいや、自分達のペースがあるんだから仕方がないよ」
もう駄目だ、それこそあの子と過ごしてなんとかするしかない――と考えたときに限って放課後まで会えず、来てくれるかもしれないと期待をして教室で待っていてもあまり意味もなかった。
なんか連続で馬鹿なところを晒しているだけにしか見えなくなってきたのに意地を張って突っ伏して待っていると「風邪を引いてしまいますよ」と救世主が……。
「遅いよみこちゃん!」
「わっ、お、大きな声ですね」
「はぁ、なんで今日は来てくれなかったの?」
なんでっていちいち聞かなくてもはっきりわかっていることなのに馬鹿だけど。
そんなのいきたいと思わなかったからに決まっている、いかなければならないなんてルールはないんだからいつこうなってもおかしくはなかった。
でも、やっぱり関係が変わった後にやられると影響ゼロとはいかないわけで……。
「友達に付き合い始めたことを言ったら拘束されました、実際に腕を紐で縛られて全てを吐くまで逃さないぞ、と……」
「嘘つかないの」
「いやいや、これが本当のことなんですよね……」
このままだとうざ絡みをしてしまう。
「……飽きたとかじゃないの?」
「はあ? そんな訳がないじゃないですか、そもそもやっと始まったところなんですよ?」
「そうなんだ」
「当たり前じゃないですか、まち先輩からそんなことを言われるなんて思いませんでしたよ」
自覚できていなかっただけで自分も前々から彼女のことが好きで態度を変えていたとしたらださいな。
後輩の女の子相手に必死に気に入られようとしていたということだし、自由に戻れたりする世界じゃなくてよかった。
「心配しないでください……じゃなくて、私が普通は拗ねる側じゃないですか?」
「そんなことはどうでもいいよ」
「わっ、ま、また極端な人ですね……」
「駄目?」
「い、いいですけどね」
まあ、過去の私が恥を晒していたとしてもいいや。
今度は関係を長期化できるように頑張ればいい。
「教室でこんなことをしていていいんですかね……?」
「ふふ、誰もいないからセーフだよ」
これからはちゃんと考えながらやっていくだけだった。