01
まずはお祖母ちゃんに挨拶をするところから始まる。
おはようと挨拶をしても返ってきたりはしないけどこれをしなければ落ち着かないから仕方がない。
次は家族のタマに挨拶、と思ったけど寝ているみたいだったからやめておいた。
「おはようお母さん」
「おはよう」
まだ専業主婦をやれているのもあって起きてくる時間は大体私と同じだった。
こちらと比べて髪の毛が毎朝爆発しているのが面白い。
「朝ご飯はまだだよね? 今日は食べずにいくね」
「わかった、だけどいまからお弁当は作るからちゃんとお昼は食べること、いい?」
「うん、それは食べないと駄目だからちゃんと食べさせてもらうよ」
三十分ぐらいゆっくりしていると「はい、今日も頑張ってね」とお弁当を渡してくれたからお礼を言って立ち上がった。
みんなが登校してくるよりも前に教室には着いていたいタイプだからすぐに家をあとにした、意味もないのに高校までの道を走ったりもした。
体力がしっかり残ったまま教室にいけると安心する、こうなったらあとは読書をしたり授業を受けたりするだけというのもいい。
「おはよー」
彼女は私に負けないぐらいの時間に登校してくる。
できれば私的には彼女が登校してから教室へ、がベストだったりする。
話しかけてくるのが嫌だとかそういうことじゃなくてなんだろう、なんとなくそう思うんだ。
「上坂さん上坂さん、実は朝からすっごくいいことがあったんだよ?」
上坂まちが私で、彼女は露木くみさん、実は去年も同じクラスで明るい彼女はこうしてよく話しかけてきてくれていた。
私に興味が完全にないわけではないだろうけど実際のところは一人で心配だからというのが大きいと思う。
「なにがあったの?」
「お母さんが朝ご飯のおかずを多くしてくれたの、だから朝から幸せだよ~」
「よかったね」
こちらにとって微妙だったのはタマに挨拶をすることができなかったことだ、あとは姉の顔も見られなかったことだと言える。
「あ、上坂さんのお姉さんだ、いっつもあの女の人といるよね」
「うん、仲良しだからね」
やたらと早く登校するのが原因だ、あの人に早く会いたいのだとしてももう少しぐらいはゆっくりしてほしかったりもする。
しかも学校では近づいてこないから放課後まで会えないのが確定しているのもなんとも言えない気持ちになるところだ。
「私ね、本当はちょっと上坂先輩に興味があるんだ、だから協力してほしいんだけど……いいかな?」
「いいよ、それじゃあいこう」
別に不仲というわけじゃないから近づくのは余裕だった、いちゃいちゃしすぎていて少し困ったけど。
「じゃ、露木ちゃんいこうか」
「はいっ」
姉は彼女のことを知っているから改めて自己紹介なんかをしなくて済むのが楽でいい。
役目を終えたから教室に戻って席に座ると「ねえ」と先程まで姉といちゃいちゃしていた人が話しかけてきた。
八田ゆき先輩はこちらがなにかを言う前に「余計なことをしないでくれる?」と、これも前々から同じだから違和感はない。
「頼まれたからです」
「私のことを知っているのにするって矛盾していない?」
「別にあなたの言うことだけを聞くわけじゃありませんから」
敵視をされているわけじゃないけど好かれているとも言えない状態だった。
「なんて冗談だけどさ、露木って結構露骨よね」
「そうですかね、裏ではどうかわかりませんけどお姉ちゃんのところにいったのはこれで二回目ですよ?」
いつも姉のことを口にする割には行動をしないのが露木さんだった。
だから余計なお世話でいってみたらどうかと直接言ったことがある、そうしたら迷惑だからやめておくと断られたけど今回は違うみたいだ。
この人と仲良くしているところを見て頑張らなきゃいけないという気持ちが強くなったということならもっと見せてあげてほしいと思う、そうすれば無駄に遠慮をしてしまうこともなくなる。
「一回目は偶然でも二回目は自分の意思でいっているわけじゃない、その時点で違うわよ」
で、この人もそれを見て頑張ればどんどんと素敵な状態になっていく……はずだ。
二人とも選ばれない可能性もあるものの、その頑張っているときはわかりやすく魅力的だからね。
「ただいまー……あ゛」
「は? なに露骨に嫌そうな顔をしてんの?」
「べ、別に八田先輩のことをライバル視しているわけじゃないですからね? 私はただ、静かな上坂さんの近くに立っていると苛めてそうに見えるというだけで」
「あんた面白い性格をしているのね、ちょっとあっちで話しましょ?」
「う、上坂さん助け――」
これは前回もやっていたことだからいちいち止めたりはしなかった。
というか、彼女と先輩はお友達だから大丈夫だ、ただじゃれ合っているだけなんだ、寧ろこちらがあそこで動いてしまったら二人の理想ではなくなってしまう。
そういうのもあって読書に戻っても薄情者だとか言われることもなかった。
「な、なにをしてくれちゃっているんですかっ!?」
ん-彼女はこうして毎回叫んでいるけど先輩ほどの本気さが伝わってこない。
元気で小さいから頭を撫でたくなるものの、そんなことをしようものならぶっ飛ばされるからできないのが残念だったりもする。
「みこちゃん、露木さんならもうお姉ちゃんと帰っちゃったよ?」
村上みこちゃん、彼女だけ名前で呼んでいる理由は本人が名字を嫌っているからだ、決して仲がいいというわけじゃない。
「いま露木先輩のことはいいんです! 私はあなたに話があるんですから!」
「でも、みこちゃんの好きな女の子に頼まれちゃったんだから仕方がないでしょ?」
「まち先輩だって私が好きなことを知っているじゃないですかっ、それなのに酷いですよっ」
あの二人とだってそうだ、だからそう考えるとみんなが私に教えてくれていることが変だったりする。
少なくとも姉関連じゃない彼女が一番変だということになる、別に露木さんと仲がいいわけじゃないのにどうして教えてくれたのだろうか?
「あ、まだ残っていたのねあんたら」
「げっ、八田先輩……」
これは別にあの子の真似をしているわけじゃないと思う。
「まったく、あんたって露木のことを気に入っている分、本当に似ているわよね」
「ふぅ、当たり前ですよ、好きな人の真似はしたくなるものじゃないですか」
「私は別にこいつのお姉ちゃんの真似はしたくならないけどねー」
いやまあ、自分だけが知っているわけじゃないんだから勘違いというものか、なんか一人で恥ずかしくなった。
この二人とあの子は三人でワンセットみたいなもので誰かが誰かを必ず気にしているから仲間外れになったりはしない。
彼女もあの子一筋だけど無視もできないから毎回相手をしてはハイテンションになっている、先輩を見習った方がいいのは本当は彼女だったりもする。
怖い顔をしてきたり、結構厳しく言ってくることも多い人だけどしっかりできているんだ、いきなり気になる人がやってきても冷静に対応をすることができるのがよかった。
「ぷーくすくすっ、八田先輩みたいな人が実は一番、恥ずかしがり屋さんで真っすぐにアピールができないんですよねっ」
「ま、勇気を出せる人間ならこうはなっていないでしょ」
煽られてもこの通り、だけどいまの発言は先輩らしくない。
進んでネガティブな方向に考える人ではないからだ、実際は違って無理やり抑え込んでいるだけということならこれも恥ずかしいことだと言える。
わかっている気になるのは危険だし、そもそもその行為自体が恥ずかしい、実際は彼女達と違って距離があるのに勝手にいい方に勘違いをしてしまっているからだ。
「うぇ、な、なにもそこまで落ち込まなくても……」
「落ち込んでなんかないわよ、だけどあんたのそういうところが好きだわ」
「ええ!? あっ、私は露木先輩が好きなので!」
こちらは勘違いじゃなくて仲がいいのに何故名前で呼ばないのだろうか? あんたとかねえとかしか言わない先輩ならともかく二人もそうなのは気になる。
彼女がこちらのことを名前で呼んできているのも変だろう、なにをどうすれば名前呼びのラインに到達できるのだろうか。
「よし、正直者の後輩にはお姉さんがお菓子を買ってあげるわ」
「本当ですかっ? ほらまち先輩もいきましょう!」
「え、私は残っていくからいいよ。八田先輩、みこちゃんのことをお願いします」
「うん、ほらいくよ村上」
「名前で呼んでください!」
一人だけで困っていても必ず誰かがやってきてくれる、私のためじゃなくても嬉しかったりもする。
とはいえ、嬉しくなっているのも数十秒だけだ、目の前から去られてしまえば読書なんかをするしかない。
別に時間つぶしのために読んでいるわけではないものの、できることならお友達とちゃんといられたあとに読めるのが一番だった、いまのままだと逃避の道具として使っているようにしか見られない。
「あ、もうこんな時間か」
でも、あっという間にその世界にのめり込めるという点は普通にいいことだった、悪い点はいまみたいに時間があっという間に経過してしまうことだ、完全下校時刻に余裕があるからいいけど気を付けないと閉じ込められかねない。
「真っ暗だなあ」
「遅いよ」
「ん? あれ、お姉ちゃん」
自分から近づいたからだろうか? それで迷惑じゃないと判断できたから帰りも待っていたとそういうことかな。
私からすれば申し訳ないからお家でじっとしてくれていた方がいい、それかもしくはお友達と仲良くできていた方がいい。
「露木ちゃんと帰った後に戻ってきたんだよ、読書が捗っていたみたいだから話しかけることはしなかったけどまさかこんな時間まで読むとは思わなかった」
「それなら普通に声をかけてよ、他の人を待たせてまで読書を続けたりしないよ?」
「いいの、ほら帰ろ」
「うん」
その割には歩くスピードが速くて笑ってしまう。
合わせたいのか合わせたくないのか、そこがよくわからなかった。
「まち先輩おはようございます」
「おはよう――あ、ちょっと待って……はい、取れたよ」
どうやったら落ち葉を髪の毛にくっつけられるのだろうか……。
まさかこの歳でも草むらとかに迷いなく突っ込んでいける子だったりするのかな、草がぼーぼーのところは木なんかもあるからくっついていてもおかしくはないけど……。
「ありがとうございます、さ、露木先輩が待っている教室にいきましょう」
「うん」
って、そんなことよりも早めに出ているのにあっさり合わせられてしまっていることが複雑だ。
露木さんに会いたいんだとしても気になることは気になる、なんとか彼女の足を止めずに済んでいるのは結構我慢できる性格だからだ。
安心できるのは本命を見つければこちらのことなど意識からなくなることで、こうなったら読書をしていても止められることもないから安心してここにいられる。
「ふーん、あんた相変わらずこういうの好きよね」
「お姉ちゃんなら今日も先にいきました、うろうろしていなければもう教室にいますよ」
「知っているわよ、荷物を持っていない時点でわかるでしょ」
でも、いちいちこちらに話しかける意味がわからない。
もう言ったけど三人で集まることが自然なのにそのリーダーが変なことをしていたら言いたくなる。
「八田先輩ってなにかと上坂さんのことを気にかけていますよね」
「そうよ、こいつに優しくしていればいい方に働いてくれるかもしれないじゃない」
「可愛くないですよ、そうやって計算をして動くのは」
「あんただって同じようなものでしょ」
何故ここで盛り上がろうとしてしまうのか……連れていっていいから向こうでやってほしい。
ここで何故か仲間に入ろうとしないみこちゃんがいたからちゃんと連れてきた、私がいてこの子がいないのは変だろう。
意地悪な先輩というわけじゃないから本も返してくれていたため、そのまま離れる、ことはせずに席で読み始める。
うん、向こうでやってほしいなんて考えた私だけど余裕だね、味方は本と姉だけだ。
「ま、まち先輩……」
「ん? ああ、いこうか」
じゃない! なんでこっちを誘おうとするのか!
はぁ、周りの人のせいで無駄にハイテンションになって疲れる……。
「なに遠慮をしているの、相手は露木さんと八田先輩なんだよ?」
「でも……なんか気になったんです」
「大丈夫だよ、邪魔者じゃないよ、そもそも八田先輩はお姉ちゃんのことを気にしているんだよ?」
「……わかっていても気になってしまうんですよ……」
恋をしたことがないからわからないし、そんな存在に真剣に内のそれを吐いている彼女は大丈夫なのかと心配になる。
「そんな顔をしないの」
「……まち先輩は好きな人がいないから言えるんですよ」
「そうだね、だからこそ勝手なことしか言わない私よりもあの二人といた方がいいでしょ?」
自然とそういう風にしてくれるのはありがたいから乗っかっていくだけだ。
攻撃をしてこなければいくら放置してくれたって構わない、好きな人やお友達と仲良くできているならそれでいいんだ。
「あ……」
「ほら、みこちゃんだって同意見でしょ?」
「違います、お世話になっているのに悪く言っちゃったことを気にしているんです、ごめんなさい……」
「なんでそうなるかなあ、ほら戻ろ? 私なら全く気にならないからさ」
このまま続くと見ておいてあげなければならないという考えになってしまうから駄目だ。
二人のところに戻ったら「村上を連れていかないでよ」と言われたから謝っておいた。
離れたときに付いていくぐらいのつもりでいてほしい。
「まち」
「丁度いいところに、お姉ちゃんもあそこの輪に加わってきてよ」
「んーまちもいるなら参加するよ」
「えー私はいいよ」
「ならいかない。それよりなにか飲み物でも買いにいこうよ」
これもだ、私に興味があるのかないのかがわかりづらい。
でも、嫌ではないから付き合うだけだった。