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荒れた領地の現状視察と深刻な問題の発覚

## 朝の出発


翌朝、花子たちは早起きして領地視察の準備をしていた。


「おはようございます」


エドワード卿が館の玄関で待っていてくれた。昨夜よりは表情が明るくなっているが、深い疲労は隠せない。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


花子が挨拶すると、エドワードは申し訳なさそうに頭を下げた。


「こちらこそ。皆さんには本当に迷惑をおかけして...」


「そんなことありません。困った時はお互い様ですから」


ライトが励ますように言う。


「それで、どちらから回りましょうか?」


「まず、被害が最初に現れた北の畑から見ていただきたいと思います」


エドワードが用意してくれた馬車に乗り込む。運転手は地元の農夫で、土地の事情をよく知っているらしい。


「こちらはトーマスです。この領地で30年以上農業をしています」


「よろしくお願いします」


トーマスは50代後半の男性で、日焼けした顔には深いしわが刻まれている。しかし、その目には土への愛情が宿っていた。


「昔はもっと緑豊かな土地だったんですがねぇ...」


トーマスが寂しそうに呟く。


『プルプル...』


プルちゃんも花子の肩の上で、周囲の荒れた景色を見て悲しそうに鳴いている。


馬車が北の畑に到着すると、花子は息を呑んだ。


「ひどい...」


一面に広がるのは、茶色く枯れた土地だった。かろうじて残っている作物も、病気にかかったように黄ばんで弱々しい。


「ここが、最初に異常が現れた場所です」


エドワードが説明する。


「弟が最後に視察した畑でもあります」


花子は馬車から降りて、実際に土を手に取ってみた。


「あ...」


土に触れた瞬間、嫌な感覚が走った。冷たく、生命力を感じない。まるで死んだ土のようだ。


「この土、生きてへん...」


「え?」


「すみません、独り言です」


花子は神饌調理術大全で学んだ土地診断の技術を思い出していた。健康な土壌には、微細な生命エネルギーが満ちているはずなのに、この土からはそれが全く感じられない。


「ミラさん、魔法的にはどうですか?」


「調べてみますね」


ミラが杖を取り出して、土地に魔法をかけてみる。


「魔力の流れに異常はありません。むしろ、魔力は正常以上に豊富です」


「豊富?」


「はい。でも、それが作物の成長に活かされていないようです」


ケンも土壌を調べている。


「pH値も栄養素も、特に問題ありません」


「物理的な土壌条件は健全なのに、なぜ作物が育たないのか...」


トーマスが首を振る。


「わしも30年農業をやってるが、こんなことは初めてです」


## 井戸での重要な発見


「あの、エドワード卿の弟さんが事故に遭われた井戸は、どちらでしょうか?」


花子が尋ねると、エドワードの表情が曇った。


「...あちらです」


指差された方向に、古い石造りの井戸があった。


一行が井戸に近づくと、花子は強い違和感を覚えた。


「うわ...なんか嫌な感じがする」


井戸の周辺だけ、空気が重苦しい。まるで悲しみと後悔が渦巻いているかのような雰囲気だった。


「ここで...弟が」


エドワードが言いかけて、言葉を詰まらせる。


「無理して話さなくても大丈夫です」


花子が優しく声をかける。


その時、井戸の水面を覗き込んだミラが驚きの声を上げた。


「これは...」


「どうしたの?」


「水に魔法的な異常があります」


「異常?」


「非常に強い負の感情が、水に染み込んでいるようです」


ミラの説明に、アルバートが身を乗り出した。


「負の感情が水に?」


「はい。悲しみ、後悔、自責...そういった感情が層になって蓄積されています」


花子は神饌調理術大全の記述を思い出した。


「『水は感情を記憶する』...古い文献にありました」


「水がこの状態だと、農業用水として使えば作物に悪影響を与える可能性があります」


「この井戸の水は、農業に使われているんですか?」


ケンが重要な質問をした。


「はい」


トーマスが重い表情で答える。


「この井戸が、北の畑一帯の主要水源です」


「やっぱり...」


花子は確信した。弟の事故死による エドワードの深い悲しみと後悔が、井戸水に染み込み、それが農業用水として使われることで、作物の成長を阻害している。


「他の水源はありませんか?」


「南の畑には別の井戸がありますが...」


「そちらも見せていただけますか?」


一行は南の畑に向かった。途中の道のりで、花子は領地の被害状況をより詳しく観察した。


北の畑から離れるにつれて、作物の状態が少しずつ良くなっているのが分かる。


「やっぱり、北の井戸が原因やね」


南の畑に到着すると、確かに作物の状態は北よりもマシだった。しかし、それでも正常とは程遠い。


「こちらの井戸は...」


花子が南の井戸を調べると、こちらの水にも薄っすらと負の感情が混じっているのを感じた。


「地下水脈でつながってるんですね」


ミラの魔法調査でも、同様の結果が出た。


「北の井戸から、徐々に汚染が広がっているようです」


## 領民たちとの出会い


昼頃、一行は領地の中心部にある村に到着した。


「村長さんたちにお話を聞かせていただきましょう」


エドワードが案内してくれた村の集会所には、10人ほどの村人が集まっていた。


しかし、花子が想像していた活気ある農村の雰囲気とは全く違っていた。


「皆さん、やつれてしまって...」


確かに、集まった村人たちはみな顔色が悪く、栄養失調の兆候が見られた。特に子供たちの状態が心配だった。


「こちらが、王立魔法学院から来てくださった先生方です」


エドワードが紹介すると、村人たちは期待の眼差しを向けてきた。


「本当に...作物が育つようになるんでしょうか?」


60代の村長らしき男性が、震え声で尋ねた。


「分かりません。でも、最善を尽くします」


花子が率直に答える。


「もう、蓄えがほとんどありません」


「来月には、食べるものがなくなってしまいます」


「子供たちが...子供たちだけでも、どこか安全なところに...」


村人たちの声は、絶望に満ちていた。


「すみません、子供たちの様子を見せていただけませんか?」


花子の申し出で、村の子供たちが集められた。


10人ほどの子供たちは、みな痩せこけて青白い。中には立っているのもやっとという子もいる。


「ひどい...」


花子は涙が出そうになった。


『プルプル...』


プルちゃんも悲しそうに鳴いている。


「すぐに栄養のあるものを作ってあげたい」


「でも、食材が...」


確かに、この状況で大量の料理を作るには、食材の確保が大きな問題だった。


「エドワード卿、商人からの食材調達はいつ頃?」


「明日の夕方には最初の荷物が到着予定です」


「それまで待てません」


花子は決断した。


「今あるもので、何とかしましょう」


「今あるもの?」


「はい。私が持参した保存食材と、この土地で採取できるものを組み合わせます」


「村長さん、使える調理場はありますか?」


「集会所の奥に、大きな厨房があります」


「ありがとうございます。それと、薪と水をお願いします」


花子は持参していた保存食材を確認した。ワイルドボア肉、オオカミ肉、各種調味料植物...量は限られているが、神饌調理術の「一を十にする調理術」を使えば、大人数分の料理が作れるはずだ。


「ライトさんたち、森で食材を採取してもらえませんか?」


「分かりました。どんなものを?」


「薬草、木の実、きのこ類...栄養価が高そうなものなら何でも」


「任せてください」


3人が森に向かう間、花子は村の厨房で準備を始めた。


「まず、スープのベースを作りましょう」


神饌調理術大全にある「生命力回復のスープ」のレシピを思い出す。


「プルちゃん、火力お願いします」


『プルプル』


プルちゃんが炎を吐いて、大きな鍋の下に火をつける。


花子は和包丁を手に取った。いつもより重い責任を感じながら、丁寧に食材を処理していく。


「みんなに、少しでも元気になってもらいたい」


肉を切りながら、花子は心を込めた。栄養失調で苦しんでいる子供たち、絶望に打ちひしがれている村人たち...みんなの顔が頭に浮かぶ。


「おばあちゃん、力を貸して」


和包丁が温かく光り始める。


野菜を刻み、調味料を加え、丁寧にアクを取りながら煮込んでいく。普通なら1時間はかかる工程を、神饌調理術の技法で30分に短縮する。


その間にライトたちが戻ってきた。


「花子さん、いろいろ採ってきました」


「ありがとうございます」


採取された食材を見ると、栄養価の高そうなものばかりだった。ケンの知識で選別されているのが分かる。


「これも加えましょう」


最後に、花子は神饌調理術の奥義を使った。


「『一を十にする調理術』...みんなのお腹を満たしてあげて」


すると、鍋の中のスープが金色に光り始めた。


「できました」


完成したスープは、確かに量が倍以上になっていた。


「すごい...本当に増えてる」


村人たちが驚いている。


「みなさん、どうぞ」


花子が一人一人にスープを配っていく。


最初に子供たちから。痩せこけた子供が、恐る恐るスープを口にする。


「あ...」


その瞬間、子供の顔に薄っすらと血色が戻った。


「美味しい...」


「温かい...」


次々と、村人たちがスープを飲み始める。


すると、信じられないことが起こった。


村人たちの体に、薄い光が宿り始めたのだ。


「体が...軽くなった」


「力が湧いてくる」


「子供の顔色が良くなってる」


神饌調理術の効果に、村人たちは涙を流していた。


「ありがとうございます」


村長が花子の手を握りしめる。


「こんなに美味しいものを食べたのは、何ヶ月ぶりでしょうか」


「いえいえ、当然のことです」


花子も嬉しかった。自分の料理で、こんなに多くの人を救えるなんて。


「でも、これは一時的な応急処置です」


花子は現実的なことも伝えた。


「根本的な問題を解決しないと、また同じことの繰り返しになってしまいます」


「根本的な問題?」


「はい。水源の問題と、土地の生命力の回復です」


花子は今日の調査で分かったことを、村人たちにも説明した。


「でも、必ず解決方法を見つけます」


「本当ですか?」


「はい。時間はかかるかもしれませんが、この土地を元の豊かな農地に戻してみせます」


花子の言葉に、村人たちの目に希望の光が宿った。


## 夕方の総括


夕方、エドワード卿の館に戻った一行は、今日の調査結果をまとめていた。


「問題の核心が見えてきましたね」


アルバートが資料を整理している。


「北の井戸に染み込んだ負の感情が、水源全体を汚染している」


「それが農作物の成長を阻害している」


ミラが魔法的な観点から補足する。


「感情による水の汚染は、通常の浄化魔法では除去できません」


「やはり、神饌調理術の特殊な技法が必要ですね」


花子が神饌調理術大全を確認する。


「『大地の恵み復活術』...満月の夜に行う特別な儀式があります」


「満月?」


「はい。次の満月は2週間後です」


「それまでの間は?」


「まず、領民の方たちの栄養状態を改善します」


「それから、エドワード卿の心の傷を癒すことも重要です」


花子がエドワードを見つめる。


「あなたの悲しみと後悔が、この問題の根本原因の一つなんです」


「私の...」


「弟さんを失った悲しみは当然です。でも、その感情が土地にまで影響を与えてしまっている」


エドワードが顔を伏せる。


「私が...私のせいで、領民たちが苦しんでいるというのですか」


「違います」


花子が強く否定した。


「悪いのは事故です。あなたではありません」


「でも、その傷を癒さない限り、土地も癒えないんです」


「具体的には、どんな計画になりますか?」


ライトが整理して聞く。


「まず、明日から本格的な栄養改善プロジェクトを開始します」


花子が計画を説明する。


「商人から届く食材を使って、大量の回復料理を作ります」


「それと並行して、村人たちに料理の指導もします」


「料理の指導?」


「はい。私がいなくても、ある程度の効果がある料理を作れるようになってもらいます」


「素晴らしいアイデアですね」


「2週間後の満月の夜に、『大地の恵み復活術』を実行します」


「それまでに、土地の準備と心の準備を整えるということですね」


アルバートが理解を示す。


「はい。特にエドワード卿には、弟さんの死を受け入れていただく必要があります」


「それが一番難しいかもしれませんね」


「でも、みんなで支えれば大丈夫です」


「皆さん...」


エドワードが重い口を開いた。


「私は、弟を失ってから、ずっと自分を責め続けていました」


「もし私が一緒にいれば...もし私がもっと注意深く見ていれば...」


「でも、今日皆さんを見ていて分かりました」


「私が悲しみに沈んでいても、弟は戻ってこない」


「そして、領民たちが苦しんでいても、何も解決しない」


エドワードが顔を上げる。


「弟の分まで、この土地を守っていかなければいけない」


「それが、弟への一番の供養かもしれません」


「その通りです」


花子が励ます。


「きっと弟さんも、この土地と領民が幸せになることを願っているはずです」


「はい...そうですね」


エドワードの表情に、少しずつ希望の光が戻ってきた。


## その夜の決意


その夜、花子は一人で月を見上げていた。


「今日一日で、いろんなことが分かった」


問題の深刻さ、解決の複雑さ、そして多くの人々の苦しみ。


「でも、絶対に諦めへん」


プルちゃんが花子の膝の上で『プルプル』と鳴く。


「プルちゃんも頑張ろうな」


和包丁を手に取ると、いつもより強く光っている。


「おばあちゃん、今度は本当に大きな挑戦やで」


「でも、みんなで力を合わせれば、きっと乗り越えられる」


窓の外では、荒れ果てた畑に月光が降り注いでいる。


2週間後の満月の夜まで、やることは山積みだった。


栄養改善、料理指導、心の傷の癒し、そして大地の恵み復活術の準備...


「よし、明日から本格的に始めよう」


花子は決意を新たにした。


## 翌朝への準備


翌朝早く、花子は村に向かう準備をしていた。


「今日は食材がたくさん届く予定ですね」


ライトが確認する。


「はい。本格的な栄養改善プロジェクトの開始です」


「料理教室で学んだ指導の経験が活かせそうですね」


ミラが言う。


「でも、今度は生命がかかっています」


花子が真剣な表情で答える。


「絶対に成功させます」


『プルプル♪』


プルちゃんも意気込んでいる。


「よし、行きましょう」


朝日が荒れた畑を照らしている。


2週間後、この土地に緑が戻ることを信じて、花子たちの長期プロジェクトが始まった。


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